結末

 何やら外が騒がしい。ここ最近騒がしかったが、今日は一段と騒がしい。


 アンジェリカは気怠げに瞼を開けた。金色の糸のような髪を耳に掛けて、扉を見据える。


 この部屋から、七年出たことがないアンジェリカには、外の情勢など知る由もない。この部屋に訪れる人などいないから、尚更の事であった。


 侍女と呼ぶべき者はいるが、彼女らは王にアンジェリカと親しくするのを禁じられているのか、必要最低限の会話しかした事がない。


 グレハム大神官も訪れない。名前の事を教えた、と王が激怒していたので粛正されたのではないか、とアンジェリカは推測している。確かめる術がないので、どうとも言えないが。


 耳を澄ましてみると、不吉な音を拾った。

 ぶつかり会う金属音。爆発音。断末魔。

 それらが導く答えは、一つしかなかった。




「侵略者、かしら」



 最近騒がしかったのは、戦争をしていたから。そして、今日がさらに騒がしいのは、戦争に負けて敵国が城に攻めてきているからだ。



「妥当な結果……いいえ、結末と言うべきかしら」



 憂い気に溜息をついて、ベッドに腰掛ける。


 殺されるかもしれない。そう理解しても、彼女の心は波一つ立たない。

 最初から分かっていたかのように。全てを受容しているかのように。


 扉が勢いよく開かれる。そこには血塗れの王が一人立っていた。実に六年ぶりの嬉しくない再会である。


 血塗れなのは、返り血か自分の血か。おそらく両方だろう。だが、ちゃんと立っていることから、怪我は大したことではないのかもしれない。


 六年前と比べて随分と老けたものだと、親の仇を見ているような目で射抜かれても、アンジェリカは冷静に王を見た。



「ご機嫌よう、王様。いいえ、ご機嫌よう、ではないのかしら」



 アンジェリカはくす、と笑う。



「あなたが生きているのなら、真っ先にわたしを殺しに来ると思っていましたよ」



 王の顔がさらに険しくなる。アンジェリカはそれに怯むことなく、ただ淡く微笑んでみせた。



「貴様は聖女じゃなかった」



 王が口を開く。アンジェリカはわざとらしく、目を見開かせ驚いてみせる。



「あら、あなたが最初にわたしを聖女だと言ったではありませんか。今更撤回するなんて、なんてお方」


「黙れ黙れ黙れ!! 聖女がいるだけで、国は安泰氏、戦も勝利を確定されたようなものだという話ではなかったのか!?」


「わたしに訊かれても、返答しかねます。そんな伝承、グレハムさんに教えてくれた程度の知識ですから」



 国が豊かになる、という台詞より、戦も勝利云々のほうが力が込められていた。



(なるほど。戦に勝利したくて、わたしを召喚した、というわけか)



 そんな伝説に縋るほど、勝利したかった敵国は強かったのだろう。そして、その結果がこれか。



「王様。あなたは誤解されているようですね」


「誤解、だと?」


「聖女とは神の愛子。つまり神々に愛された子、ということでよろしかったですね?」


「そうだ」


「よくお考えになってください。その愛子を監禁して、嗜好品も与えない、服も最小限で人との会話を禁じ、学ぶことも良しとしない。人として扱って貰えず、愛子に窮屈な思いをさせた国を、神が愛せるとお思いですか?」


「だが、十分な衣食住を提供した!」


「それだけで神の寵愛を受けられると思ったら、大きな間違いですよ。わたしがこの国を愛せたのなら、結果は違ったのでしょうけど」



 一旦間を置いて、口を開く。



「わたしはこの国のことなんて、どうでもいいのですよ。その事を神が知っていたのでしたら、当然の結末だと言えるでしょう」



 わざとらしい溜息をつく。



「九歳までの知識しかないわたしでも分かることを、どうして倍以上の歳を重ねているだろうあなたが分からないのでしょうか? それが不思議でたまりません」



 王の青筋が浮く。怒りを露わにした。



「さっきから黙って聞いていれば、わしを愚弄しおって!! お主のせいで、この国は終わりだ!!」



 王が吠える。負け犬の遠吠えだ、と冷めた目でアンジェリカは王を見据える。


 どうやら彼の中で、アンジェリカは悪者で元凶だと思っているようだ。


 なんて子供っぽい人、と内心溜め息をついた。


 聖女を召喚したからこの国が終わりになったわけでもない。ましては、聖女を召喚出来たから安心だと驕っていたせいでもない。元々、この王には素質がなかったのだと、アンジェリカは思う。


 召喚出来ようが出来なかっただろうが、この男が王である時点で、この国は滅びの道を辿っていたのだ。遅かれ早かれ、それがそういう運命だったのだろう。決して、アンジェリカの所為ではない。この男が元凶である。


 だが、この男はそれを認めようとしないだろう。死ぬまで、もしかしたら死んだ後も、アンジェリカの所為だと責めて、憎んで、恨むかもしれない。


 アンジェリカには痛くも痒くもないが。



「たとえ貴様が本物の聖女だとしても、この手で殺してやる!! 貴様をアメリスカに渡すものか!!」



 アメリスカ。聞いたことない単語だ。話の流れから察するに、敵国の名前か、はたまた敵国の王の名前か。


 どうでもいいか。自分はここで殺される。


 王が持っていた大剣を振りかざす。


 スローモーションのようだ。振りかざす動作が遅く見える。


 抵抗もせず、淡々と、静かにそれを受け入れようとした。


 が、それはアンジェリカを斬らなかった。


 斬られる前に、王がいなくなっていたのだ。


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