覚醒アィーアツブス編
第82章 虹色の邪神
熱い。
「グァ……ァアアァ……」
背後でモルガが呻く。
仕込杖の刃の長さと、見下ろす柄の位置から想像するに、刃はルクレツィアを易々と貫いて、モルガの体にも届いているだろう。
「……」
すまない……、と、モルガに言いたかったが、声が出ない。
刺さった剣を抜こうにも、血でべっとりと濡れた手が滑り、また、手に力が入らなかった。
あぁ……胸が、背中が……本当に、熱い……。
それを最後に、ルクレツィアの意識は遠のいた。
◆◇◆
「創造主!」
ダァトの非難の声を横で聞きながら、モルガはジッと、ルクレツィアを見つめていた。
どうにかしなくては……朦朧とした頭で思っても、体がうまく、動かない。
「グァ……ァアアァ……」
自分の口から洩れる
刃に貫かれ、接した傷から、じわじわと流れるお互いの血が、混ざって、熱を帯びた。
「ヴァ……ヴゥ……」
刃が、甲高い音をたてて、粉々に砕けた。
瞬間、ルクレツィアと、モルガの体から、大量の血液が噴き出して、お互いの身体を、赤く染める。
「ヴゥ……ツィ……ル……ツィ……」
「? アィーアツブス?」
ただならぬ気配に、思わずダァトが振り返り、
砕けた金属片が、再度集まり、別の剣を形作る。
左腕には、ぐったりともたれかかるルクレツィアを抱え、宙に浮いたその剣を、モルガの右手が、がっしりと握った。
モルガの蛇の尾が二つに割れ、若干いびつな形状ながらも、鋭い爪を有した、人間の足となる。
その足で一歩一歩、
無言で無表情のモルガは、ダァトに意識の無いルクレツィアを預けると、剣を構えて、
(これは……)
ルクレツィアの状態を確認したダァトが、息を飲んだ。
(この状態なら、この娘は、助かるかもしれない……)
しかし……。
(問題は、どうやって、創造主を再び、眠らせるか……だな……)
もう一本の杖から剣を抜き、乱雑なモルガの剣を受ける
◆◇◆
「……きろ、起きろ。エヘイエー」
「んあ……」
ぺちぺちと頬をたたかれ、アックスは目を覚ます。
「ダァト? なんでお前が……おわぁッ!」
アックスは何があったか思い出し、慌てて飛び起きた。
身体はジンジンと痺れて痛いが、傷は塞がり、少し黒ずんではいるが、翼も体も、元の金色。
「
「へいへい。あざーっした! 感謝しとります」
そんな事よりも。と、眉間にしわを寄せ、アックスはダァトに問う。
「陛下……いや、ねーちゃんと創造主は?」
「……ねーちゃん?」
一瞬言葉を詰まらせたダァトに、アックスはガシガシと頭を掻いた。
「あー、体の主の姉。お前が来るまで、エノクに任せた」
「あぁ、エノクなら、何人か人間を保護していたから、そちらはたぶん、大丈夫だ。創造主だが……」
ダァトは頭を動かし、顎で指す。
おそるおそる、アックスは背後を振り返り、ぎょっと体中の目を見開いた。
「な……」
言葉を失い、そしてダァトに詰め寄る。
「おい、
「あぁ」
ダァトがうなずく。
三対あった黒い被膜の翼は、腰の一対を残して消失し、代わりに二対の金属の腕が
身を包む黒い鱗や、頭からはえるツノ、そして爪は、色鮮やかな宝石となって輝き、元の腕には、宝石で彩られた、巨大な剣が握られる。
長い爬虫類のような虹色の尾がゆらりと揺れて、いびつな形状の両足は、力強く踏みしめられて──。
しかし何より、アックスが目を疑ったのは、その左胸。
決して大きくは無かったが、何故か片方だけ女性のように、柔らかく、丸く膨らんでいた。
表情は無く、言葉も無い。
けれども、兄が、
「自己進化……肉体を得て、素晴らしい能力を開花させたじゃないか。アィーアツブス」
嬉しそうに、しかして、腕を振りほどこうともがく創造主は、「だが……」と、続ける。
「解せぬな。理解不能。
『勘違いするな』
不意に、モルガが口を開く。金属の腕に力を込めたのか、エフドが苦悶の表情を浮かべた。
『確かに、
だが……と、手に持つ剣をエフドの首に突き付けて、モルガは続ける。
『我らはあくまでも精霊だ。
モルガの怒りを反映してか、剣が禍々しく、妖しく輝いた。
『それに、そういう
「黙れッ!」
しかし、金属の腕を伝って雷はエフドにも伝わり、二人同時に、バッタリと倒れて、床に伏した。
◆◇◆
「う……」
「ルクレツィアのねーちゃん! 気がついたか!」
自分の顔をのぞき込む、目玉だらけのアックスの顔。
思わず飛び起き、お互い額をぶつけ、二人揃って、もんどりうったことはさておき。
「……無い」
ルクレツィアが胸を見下ろすと、傷がふさがり、痛み一つない。
しかし、服が破れ、おびただしく広がる赤黒い大量の血の跡から、先ほどの出来事が、夢ではないことを物語っていた。
「モルガは?」
「たぶん、ヘルメガータの中に回収された。その……まだ確認しに行っとらんけど……」
「いい度胸だな。余より先に、モルガの心配とは」
ムッとした表情の皇帝が、ぬっとルクレツィアとアックスの間に割って入り、思わずルクレツィアは後ずさった。
「戯言だ。気にするな。その……世話をかけたしな。申し訳ない」
髪も目も、元の朱色。
言葉の端々から、修羅の方だと思われるが、一応、元の
「陛下、ご無事でございますか?」
思わず条件反射でひれ伏しながら、ルクレツィアはユーディンに問う。
「あぁ、大事ない。そもそも、今回の事は、全面的に
ため息とともに、修羅は頭を抱えた。
「我が事ながら、
イライラとユーディンは頭を掻く。そして大きなため息を一つ吐いて、立ち上がった。
「今の状態では、
「貴公は、元素騎士の隊長代理として、軍を統括し、最新の情報を余に報告せよ」
「あ、あのぉ……そのことなんじゃが……」
おそるおそる手を上げるアックスに、なんだ……と、ユーディンがじっとりと睨みつける。
「その、大変言いにくいことなんじゃが……その……」
「なんだ。早く言え!」
イライラとするユーディンの声に発破がかかり、思わずその場に、アックスは平伏。
………………え? 土下座?
思わずルクレツィアと、ユーディンの目が点になった。
「ゴメン! ねーちゃん! ワシと兄ちゃんのせいで、
「………………は?」
何を言われたかすぐには理解できず、そう答えるのが、精いっぱいだった。
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