第81章 父と息子
「此処で待っていろなどと……一体、いつまで待たせる気だ……」
苛立たしさを隠さず、カールはブツブツとぼやく。
アックスが居なくなり、さほど時間が経ったわけではなかったが──ルクレツィアも状況がよくわからず、モルガに小さく耳打ちした。
「一体、何があったのだ……?」
「あっちに、ちちうえが、いる」
父? ……ルクレツィアは首をかしげる。
「ジンカイト殿なら、先ほど地下神殿で別れたばかりでは?」
「ん……
先ほどから、だんだん、たどたどしくなっているモルガの口調も相まって、ルクレツィアはますますもって、理解できない。
「カイの? まさか……それでは、幾千年も前の、精霊機の制作者ということになるではないか」
「うん」
ルクレツィアの問いに、こくり。と、モルガはうなずいた。
そんな時だった。
「あ。
モルガが急に、空中に向かって手を伸ばしたかと思うと、不意に大きな黒い塊が、ルクレツィアの目の前に降ってきた。
思わずルクレツィアは後ずさり、何が起こったかわからないカールは、驚きのあまり、情けない声をあげる。
「痛たたたた……これッ! アィーアツブス! 急に服を引っ張るでない!」
ダァトが、自身の黒いローブを踏まないよう、器用にのそのそと起き上がる。
しかし、腰をしこたまぶつけたらしく、腰を九十度近く屈め、痛かったのか、左手で一生懸命押さえていた。
「ダァト殿! どうしてここに?」
「あぁ、あの時の娘か。どうしたもこうしたも……」
ダァトの顔は、相変わらずフードの奥で見えないが、慌てたような口調で、ユーディンの部屋の方を指さした。
「
◆◇◆
白い
どれくらい歩いたかわからないが、
「……」
なんと、声をかけたらいいか、わからない。
今にも消えそうな、
エロハはそっと、その魂を手に取る。
人間の魂を、直接触れたのは初めてだったが、それは、消えそうな
しかし、その魂は、より儚く、繊細で、今にもグズグズに崩れてしまいそうな状態であった。
「君は、誰?」
目に見えて、答えられるような状態ではなかった。
けれど、ほんの少しだけ、その魂が、熱を持ったような気がした。
「……そう、君は、
人間に対して良い感情を抱いていないエロヒム・ツァバオトは、たぶん、あまり良い顔はしないだろう。
けれど、
「安心して。君を、助けてあげる」
だから……。
「生きよう。
◆◇◆
ユーディンの私室の扉は、開け放たれたままになっていた。
入口から覗いてみる限り、特に、変わった様子はない。
が。
「な……なんだこれは……」
一歩足を踏み入れた途端、ルクレツィアに襲い掛かる、妙な感覚。
「うッ……」
「アルファージア公!」
ルクレツィアと同じように室内に入ったカールだったが、彼はその瞬間、バッタリと倒れて、意識を失った。
「だから言ったであろう……
呆れたようなため息交じりのダァトと、なんだか妙に機嫌のよさそうなモルガが、ぬっと中に入ってくる。
私は既に、その
入り口にほど近いところで、モリオンと白髪の女性が倒れており、二人を守るように、エノクが結界を張っていた。
ルクレツィアの目が合うと、エノクに「早く行ってくれ」と、促される。
ルクレツィアはそんな彼に、ついでにカールを一緒に任せた後、三人で部屋の奥に進んだ。
室内は突風が吹き荒れていたが、調度品が吹き飛んだり、物が壊れたりといった様子はない。それは、いつぞやの、地下神殿での戦闘の状況に近い様子であった。
もっとも、今回は誰も、精霊機には乗っていないが──。
「あぶないッ!」
不意にルクレツィアの足元から、無数の細い、黒い棘が飛び出す。ダァトが叫び、モルガが間一髪ルクレツィアを抱えて、なんとか無事であったが。
「モルガッ!」
突起の一部が足に刺さり、モルガが顔を歪ませた。
同時に、彼の服がはじけ飛び、三対の黒い巨大な被膜の翼が広がり、足は巨大な蛇の尾となる。
「だい……じょぶ……るつぃ……」
かろうじて、人の言葉が返ってきたが、その顔は苦痛と、怒りで歪んでいた。
モルガの視線の先を見て、思わず、ルクレツィアは息を飲む。
全身、黒い翼で覆われた
「陛下……?」
仕込杖の剣を抜き、猛スピードで突進するバチカルと対峙するユーディン。
しかし、その彼の髪の色に、そして、楽しそうに目を歪ませる瞳の色に、ルクレツィアは息を飲んだ。
「ダァト! 陛下は一体、どうされたのだ!」
「……あれが、我らが創造主だ」
朱の髪に、青の色が混じる。
まるでそれは、揺らめく高温の、炎の色。
「元来、創造主が復活されるのは、もう
宙に浮いたバチカルの影から、漆黒の棘が生える。
それは、精神世界において、ルクレツィアを襲ったルツの攻撃に似ていたが、それをユーディンは楽々と切り捨て、突き出した手から、炎の塊をバチカルにぶつけた。
「ウぅ……グゥぅ……」
ざわざわと長い髪が揺れ、赤い瞳が爛々と輝く。
「おい! モルガッ! しっかりしろ」
「ッ! ……グゥ」
ルクレツィアが、モルガの頬をぺちぺちと叩いた。
モルガはハッと気がついたようで、言葉を失ったままではあったが、申し訳なさそうに、しゅんと項垂れる。
そんな時、もう一つの黒い巨体が吹き飛ばされ、床にゴロゴロと転がった。
「この程度か。
「期待外れだ。エヘイエー。いや、バチカル」
ドスッ!
鈍い音とともに、
甲高い悲鳴が、バチカルの口から洩れる。
「陛下ッ! おやめくださいッ!」
ルクレツィアの声に、
顔をあげ、そして視線が合うと、露骨に嫌そうな顔を向ける。
「何故、只人が、この空間に入って、平気な顔をしている」
怪訝そうに、
そして。
「目障りだ」
それは、一瞬のこと。
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