第78章 慟哭
「と・も・か・く!」
「父上がたは、
『ルクレツィアが反抗期……』
くすん……と、落ち込んだ表情のムニンの目元に、涙が滲む。
同時に足元の闇が、ぶわりと濃くなった。
「違いますッ! 父上……その……腹立たしいのは、私も一緒です」
ギリっと歯を軋らせ、ルクレツィアは父に懇願した。
「だから、教えてください。父上がたに、何が、あったのか」
ルクレツィアの真摯な言葉に、ムニンは一瞬、表情を苦しそうに歪ませた。
『……あの日は、その……カイヤ嬢の結納に向けて、打ち合わせを兼ねた親族の顔合わせをしていたんですよ。
『おう……』
先年、うっかり死んでしまった
『カイヤ嬢本人からは、「喪が明けるまで保留になってしまっている姉の結婚が先だ」という希望を聴いていましたが、いたくカイヤ嬢を気に入ったらしい相手側から、「せめて結納までは」と、急かされまして……』
ぶわわッ……と、思い出して徐々に腹が立ってきたのか、ムニンの足元の闇が、濃いまま一気に広がった。
『
「わ……わかりましたッ! ありがとうございます! もう大丈夫です!」
ルクレツィアが慌てて、父を止めた。
ムニンに表情が無い分、余計怖い。
「と、いうことは、父上は、兄上にお会いしていないと……」
『ええ。……もっとも、状況から、私たちが待っていた時には、チェーザレは既に、殺されていた可能性が高いでしょうけど』
カイヤ嬢やそのご兄弟も、どうなったか……首を振るムニンを見て、ぼそりとジンカイトが自分を押さえつけている
『モルガ、カイヤやスフェーンは、お前の支配下におるか?』
「ううん。いない。だから、しんでない、と、おもう」
モルガの声に、ルクレツィアはホッと胸を撫でおろしす。
しかし、それは同時に──。
「我々は、やることがいっぱいだ……」
反乱の完全鎮圧と、首謀者ベルゲル=プラーナの身柄確保。
消息の分からないモルガの兄弟たちの捜索。
そして、なんとか会話は通じているものの、悪霊化している父と親戚たち──。
ルクレツィアは、眩暈を感じ、頭を抱えた。
さて、どれからこなすべきか──。
◆◇◆
「神殿と城内東側、北側、および中央部分の制圧完了しました。残りは西側の一部のみです」
「おう、ご苦労さん」
報告に来た若い騎士に、ひらひらと手を振るギード。
そんな弟を、
「何故、貴方が指揮をとっているのです」
「細けぇ事、いちいち気にすんなよ」
小さく肩をすくめたところに、別の人影が駆け込んできた。
「遅くなりました」
「おう、お疲れさん」
駆け込んできた三等騎士の制服を纏う男に、再度ひらひらとギードは手を振った。
「……貴方は?」
「
訝しむ姉に、ギードは馴れ馴れしくデカルトの肩に腕をまわして紹介をする。
「制服は間に合っちゃないが、まぁ、降格騎士の自分より、説得力があるだろう?」
もっとも、
それでも──。
「……貴方にしては、懸命な判断ですこと」
フェリンランシャオ軍を率いる優秀な指揮官であるはずのサフィニアが裏切り、チェーザレが死んで──。
二人の次に元素騎士歴の長いステラは、メタリアに残ったため不在であり、ルクレツィアとユーディンは、
「まぁ、陛下が泣き疲れて立ち直るまで、元、元素騎士の立場から、オレも手伝うし」
「それ、本当ですの?」
突然、聴きなれない女性の声が響き、一同部屋の入り口に注目した。
立っていたのは、白髪の──しかし、うら若い、勝気そうな女性だった。
◆◇◆
泣いて、泣いて、泣いて──。
泣き疲れて、意識が飛びかけた、丁度その時。
枕に突っ伏したユーディンの頭に、衝撃と激痛が走った。
「痛いッ!」
何が起こったか理解できず、きょろきょろと周囲を見回す。
目に入ったのは、真っ白の長い髪。
そして、吊り上がった切れ長の、金の瞳。
「誰ッ!」
すぐ目の前に立つ女性に、ユーディンは震えあがった。
後ずさった勢いでベッドから落ち、頭をしこたま打ち付ける。
「失礼いたします。陛下。私は、アリアートナディアル大使、ラキア=タルコでございます」
女性は物腰丁寧に、深々とユーディンに頭を下げた。
サラサラと流れる彼女の白髪と、彼女が名乗った『タルコ』が示すもの。
それは──。
「君、アリアートナディアル皇家の……」
「はい。着任の際にご説明しました通り、現皇帝イムル=タルコの第六皇女でございます」
彼女のことを、
とりあえず、気取られないよう、ユーディンは問いかける。
「えと、何? それで、外交官の君が、一体、何の用?」
「……ほう?」
言うが早いが、彼女の拳が、ユーディンの顔面に炸裂した。
彼女の動きは本当に突然で、身動きできなかったユーディンにそのまま直撃して、再度頭を打つ。
「な! 何をッ!」
「何もクソも……我が国との外交の窓口となっていたチェーザレ=オブシディアンを処刑した上、貸与していた我がアリアートナディアルの
非力どころか無茶苦茶痛かったし、少なくとも二発殴られた気はするのだが──しかし、怒れる大使の揚げ足をとらないよう、ユーディンはスルーすることにした。
少なくとも、彼女の言い分通り、
「う……貴国に、報告が遅れたことは申し訳ない。けど、チェーザレのことは……」
「
正論過ぎて、ぐうの音も出ない。
女性恐怖症や
そう、だから──。
「それで。貴公の用件は?」
自分の口から、勝手に言葉が漏れる。
これは、誰だ? もう一人のボク? それとも、
──ううん、だれだっていい。だれだって。
「アリアートナディアル本国からの、国書を預かった。詳細はそこに記したとのことだが、貴公に伝えた本日から七日後をもって、貴国との同盟を破棄する。とのことだ」
遠のく意識の中、ラキアの凛とした声が響いたが、ユーディンの頭の中は、別のことでいっぱいで──。
(あぁ、そうだ……そうだ……)
──チェーザレを殺したのは、
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