微睡みの破壊神編
第79章 東の大貴族
「もう、ええんか? ねーちゃん」
心配そうなアックスの問いに、ルクレツィアは首を縦に振った。
「あぁ。大丈夫だ。あとは、父上方を、その……信頼、するほかない……」
だんだん不安になってきたのか、ルクレツィアは渋い顔をし、語尾も徐々に小さくなってゆく。
「エノクからの報告じゃ、城内に関しては、あらかた制圧完了、といったところかのぉ」
「あとは、城外……南のプラーナ領か……」
フェリンランシャオの帝都は、巨大な一枚岩の上にある。
城や神殿は、帝都のほぼ中央に位置し、その周囲を大雑把に、東西南北で四分割していた。
そして代々、北部をバーミリオン皇家が、南部を宰相ベルゲルを筆頭とするプラーナ家が治め、残りの東と西を、それぞれアルファージア家、ルーブル家という二つの貴族が、代表して治めている。
宰相派の拠点が、プラーナ領である南部であることは、十中八九間違いないだろう。
元々仲が良かったという事も無いが、今回の
──そして。
「
無邪気な
いくらか時間が経ったので、今はある程度鎮火しただろう──と、願いたい、ルクレツィアの希望的観測も混ざるのだが──数時間前に見た、真昼間にもかかわらず、太陽が忽然と姿を隠し、暗闇の中、もくもくとあがる煙と明るく輝く炎。
範囲は限られてはいたが、軽視できる被害でもない。
(兄上……)
チェーザレの肉体を得たという、首の無い
帝都を焼き払ったのは──あれは、本当に、神の怒りなのだろうか。
──兄自身の、怒りなのではないか。
父の変容を目の当たりにして以降、ルクレツィアはそう思えてならなかった。
「ルツィ?」
神妙な顔をしていたせいか、仮面のモルガが首を傾げた。
先ほどの
幸い、ほとんどが服で隠せる範囲であり、顔も運よく、仮面で隠すことができたが。
「わかった。ルツィ。……
「……いや、待って!」
機嫌良さそうに笑いながらのトンデモ発言に、慌ててルクレツィアは首を振った。
ダメだ。見た目だけではなく、中身も大変、邪神に寄っている。
そんな時だった。
「あーッ!」
叫び声を上げながら、ドスドスと足音を立てながら、ルクレツィアたちがいる広間へ近づく、一人の男。
顔を見て、慌ててルクレツィアは跪いた。
取り残されたモルガとアックスが、二人で呆然と立ち尽くす。
「アルファージア公……お久しぶりでございます」
「遅い! と、普段なら言いたいところだが、まぁ、そなたの父君や兄君のこともある……良い。赦す!」
年の頃は、
男の目の色は真紅だが、髪の色は赤というより、ユーディンの
カール=アルファージア──帝都東部を治める、アルファージア家の若き当主。
「それよりも、アルファージア公が、どうしてこのような所に……?」
「どうしたもこうしたも! あの愚か者のベルゲルに、よりによって地下牢に押し込められて、先ほど解放されたところだ」
チェーザレとは別の
「そんなことより、そこの
唐突に名を呼ばれ、びくりとアックスが固まる。
そんなアックスの事まで、何故、大貴族の当主が知っているのか──。
三人の様子に、カールはいぶかしげに眉を
「何を驚いている。貴様ら、チェーザレ殿から聞いていないのか? 貴様らの姉であるカイヤ嬢が、吾輩の弟、トーマの元に嫁ぐことになっていることを」
「はぁぁぁぁ?」
この言葉には、アックスだけではなく、ルクレツィアも一緒にぶっ飛んだ。
話についていくことができない、邪神モードのモルガだけが、一人、首をかしげている。
「え、えっと、その、兄からは、カイヤ殿が……婚約した。という、ところまでは……」
「そーいやー、ワシも、相手が誰とか、全然聞いとらんかったのぉ……」
しどろもどろのルクレツィアに、気の抜けたような声を上げるアックスが同意する。
「そーか。
モルガが、意味を確認するよう、ゆっくりと口を開いた。
しかし、その口調から、あまり状態が良くないような気がして、ルクレツィアはモルガの鱗に包まれた堅い手を、カールからは見えないように、後ろに隠しつつ、ぎゅっと握った。
ルクレツィアの行動に気付いた様子はないのだが、カールは各々の様子を総じて、呆れたようにため息を吐く。
「チェーザレ殿らしいといえばらしいが、まぁ……。それに、こちらもこちらで色々と、事情があったし、最終的にはこの
そうだな……と、改めてカールが口を開いた。
「オブシディアン公亡き今、いずれ貴公ら兄弟の後継人を、私が引き継ぐことになるだろう。トーマとカイヤ嬢の結婚の後は、スフェーン殿と
「うぇぇぇぇ?」
「さ、さっきのねーちゃんか!」
慶事が続くのは良いことだが、ますますもって予想の斜め上の組み合わせに、ルクレツィアは目を白黒させる。
先ほど、ほんの少しではあったが顔を合わせた美女を思い出し、アックスも驚きの声をあげた。
「あの、つかぬ事をお伺いいたしますが……アルファージア公、その、生前兄が、御無礼をというか、貴方様を、
「は?」
ポカンと口を開けるカールの言葉に、あの兄に、「脅されて無茶ぶりされた」のではないかという自分の疑問が、見当違いであることをすぐに察し、「なんでもありません」と、ルクレツィアは首を横に振る。
しかし、最初から「目指せ玉の輿!」と明言していたカイヤとは違い、
(兄上は、一体何を、考えておられた……?)
ルクレツィアは頭を抱え、はぁ……と、小さくため息を吐く。
モルガたち兄弟の
故に、貴族である実の弟に平民の娘を嫁がせることをあっさり了承(むしろ、
「あぁ、そうだ」
訝しむルクレツィアのことを知ってか知らずか、当のカールが話題を変えるよう、コホンと小さく咳払いをする。
「吾輩は今、陛下に報告したいことが山のようにあるのだが……護衛を頼めるか?」
現在いる一階中央の
「わかりました」
ルクレツィアはうなずき、かくして三人とカールは、ユーディンの私室に向かうこととなった。
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