第41章 アベンジャー
「破門を撤回するかしないか……とりあえず、まずは
話はそれからだ。酒で充血した目で、ソルはカイを睨む。
予想以上に吐く息が酒臭かったのか、隣のユーディンが顔をしかめた。
「今、此処でか……?」
困ったように、カイが固まる。
助けを求めるように周囲を見回すが、諦めたように、ため息とともに、「わかった」と頷く。
「ただし、事前情報として。阻害要因は不明だが、視覚と聴覚の回復が遅れている。ぼんやりは見えているだろうし、音が拾えるところまでは回復しただろうが……
何か言いたげなソルに、「安心しろ」と、カイが付け加える。
「 人格以外の経験や記憶などの
カイが、仮面を外し、紫の目を瞑る。
大きく息を吸って、吐いて……。
目を開けると、一際鮮やかで、深い緋色の瞳。
「モルガ!」
「兄ちゃん!」
ルクレツィアとアックスが声をかけるが、先ほどカイが言ったように、モルガに反応は無い。
それどころか、重力に耐えきれず、その場で崩れ、ぺったりと座り込んだ。
「なんか……様子、おかしくない?」
ユーディンの言葉と同時に、突然、モルガが叫んだ。
男の……否、
一同、思わず耳を押さえる。
しかし。
パァンッ! という音が響くと同時、先ほどステラの弾が当たり、ヒビの入った窓ガラスが、震えて砕けた。
「ッ!」
外に向かって、風が流れる。
それは本当に一瞬の事で、窓の側に居たモルガとルクレツィアが、一気に窓の外に投げ出された。
「モルガッ! ルクレツィアッ!」
ユーディンの声に、アックスが動いた。
しかし。
『哨戒任務が終わって帰って、なんか窓にヒビが入ってあぶねぇな……とか思って近づいてみりゃー、なんだなんだ……間一髪ってヤツかぁ?』
低い男の声と、窓の外に浮かぶ、一機の黒い
VDの両手には、モルガとルクレツィアが、目を廻して倒れている。
一同がホッとしたのもつかの間、開いたコックピット──エラトの操者に、一同、目を見開いた。
オートモードの固定座席の上でふんぞり返っていたのは、ギード=ザイン──モルガの前の、地の元素騎士その人である。
◆◇◆
「その、助かったよ。
そりゃー、どういたしまして。と、ギードは椅子に座る皇帝相手に軽口を叩いた。
気絶したモルガとルクレツィアを医務室に送り、一同は使用不能になったソルの部屋からユーディンの部屋に移動。
その間、ギードもエラトから降りて、正式に謁見。今に至る。
ちなみに、モルガの
「あー、ちなみに、見りゃわかると思うが、今は
赤い四等騎士の制服を身に纏い、皮肉を言いながら苦笑を浮かべる『元』元素騎士。
「で、班長はともかく、そこのは?」
ギードは、ちらりと、アックスに視線を移した。
今は
あの時はとっさに姿を消したので、
「彼は
ブッ──とっさについたユーディンのデマカセに、思わずアックスとギードが噴き出した。
「急に何を言っとんじゃ……」と、ジトッと仮面の奥から睨むアックスに対し、妙にツボにはまったのか、ギードはゲラゲラと、しばらく笑い続けていた。
「そりゃーいい。
ギードの言葉に、ユーディンとアックスが、ムッと眉間にしわを寄せる。
「それって、どういう意味?」
「そのままだよ。……
急に、ギードが動く。その手には、太い指に不釣り合いな細身のナイフが握られ、ユーディンの首元にピタリとあてる。
「此処には、いつでもアンタを
ニヤニヤと笑いながら、ナイフの刃を、ぺちぺちとユーディンの頬に当てた。
「……ほう、御高説、痛み入る」
ユーディンの静かな声音に、びくり──と、再びアックスが震えた。
頬を拭ったユーディンの白い袖に、うっすらと血が染みる。
「へ……陛下……?」
「だが……」
アックスを無視し、ユーディンは立ち上がった。
体格はまったく違うものの、予想以上にユーディンに身長があったせいか、思わずギードは後ずさる。
「
「元、元素騎士だろう? まさか貴様、あの程度の貧相な精霊適正値だけで選ばれたなんてことはあるまい? 降格したとはいえ二等騎士まで上り詰めた実力、存分に楽しませてもらおうではないか」
「へ、陛下ストップ! ホントたんま!」
高揚する戦闘狂の修羅の顔には、満面の笑みが張り付いている。
アックスの声など聴こえていないようで、重く素早い剣戟がギードを襲う。
「ほおっておけ。どこからどうみても奴の自業自得だ。不敬罪にも程がある」
「突発的刃傷沙汰はさすがにマズイですってば!」
涼しい顔で見守るソルに、アックスが悲鳴をあげた。
ユーディンはギードの短刀をへし折り、弾き飛ばした。そのままギードの腹部に、力いっぱい蹴りを入れる。
金属製の義足がめり込み、ギードは呻くように倒れた。
「貴様、先ほどチェーザレが、余を
ユーディンは目を細め、ギードの頭を踏みつけながら、口を開く。
「奴が
◆◇◆
「ったぁ……」
医務室で目覚めたルクレツィアは、起き上がった瞬間、体を走る激痛に、顔をしかめた。
「……ここは?」
『医務室ですわ』
本当に、間一髪で……と、ミカが目を細め、ほっと胸を撫でおろす。
はて、何が起こったか──思い出し、一気に血の気が引く。
「よ、よく助かったな……私……窓から落ちて……」
『間一髪でございました。その、先代の地の元素騎士様のVDが、丁度通りかかり、受け止めてくださいまして……』
「ギード殿が……?」
予想もしなかった人間の名をきいて、ルクレツィアは目を丸くした。
言い方は悪いが、あまり良い印象を持っていなかったため、やや、信じられなかったが──。
今度、きちんと礼を言おう。そう、ルクレツィアは心に決める。
帝都を出たばかりで大きな戦闘も行われていないため、医療スタッフも席を外しているのか、医務室はほぼ無人であった。
しかし、隣を見ると、寝台に仰向けに寝ころんだまま、ぼんやりと天井を見上げるモルガがいる。
潤んだ赤い瞳──久しぶりに見るその色は、とても、深く、鮮やかな色で……。
こんな、色をしていただろうか……? ルクレツィアは起き上がり、モルガが横になる寝台の縁に座った。
振動に、びくり──と、モルガが体を強張らせる。かすかに、唇を動かしてはいるが、声は聴こえない。
ルクレツィアはそっと、彼の濃い茶色の髪を撫でた。
クセが強く、量の多い髪は、しかしながら、思いのほか細く、そして柔らかい。
モルガの手が、たどたどしくルクレツィアの右手を追う。ルクレツィアは手を止め、そして、彼の手を握った。
彼の手の力は、とても弱く、すぐに、解けてしまいそうで。
「……私は
ルクレツィアはモルガに指を絡め、握り直した。
そして、そっと唇を重ね、離すと、微笑みながら口を開く。
聴こえていなくても良い。解らなくてもいい。
「モルガナイト=ヘリオドール。……離れていても、何処に居ても……私はお前の事を、回復を、何時でも祈っているよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます