第22章 二人のユーディン

「拝謁の許可をいただきまして、誠にありがとうございます」


 恭しく跪くモリオンに、玉座の皇帝は訝しげに視線を向ける。


「どうした。今日は貴様と会う約束もしていなければ、呼んだ覚えもないのだが」


 本当に、別人ね……。


 同じ顔の造形であるはずなのに──モルガとカイのように、以前、自分を『母親』だと信じて離さなかったユーディンとは、まるで違う雰囲気に、モリオンは顔を伏せたまま、目を細める。


 さて、会えたはいいけれど、どうやって本題・・を、きりだせばいいかしら……? 軟禁状態のルクレツィアとチェーザレ、そして、失踪したモルガ──事情は隣に立つミカから聞いてはいるけれど……。


 口を閉じたままのモリオンに、ユーディンはゆっくりと、片手で杖をつきながら近づく。


「面をあげよ」


 そう言うや否や、ユーディンは引きずるようにモリオンを立ち上がらせた。

 モリオンの顎に片手を添え、顔を正面からのぞき込む。


「あぁ、本当だ。本当に、お前は余の母上によく似ている・・・・・・・・・・・……」


 母親と自分モリオン別人と認識・・・・・している……? そう思った途端、モリオンの体が宙を浮いた。


「ひゃッ……」


 急に抱き上げられ、モリオンは思わず身を縮めた。


「ちょ……降ろしてくださ……」


 ギロリ……と、ユーディンに睨まれ、モリオンは言葉を失う。


「貴様、余に逆らうか?」

「い……いえ……」


 そんなつもりは……と、モリオンは首を振った。


 しかし、ユーディンはモリオンを抱えたまま、涼しい顔で謁見の間を出て廊下を足早に歩いてゆく。


 道中、ぎょっとした顔の家臣たちとすれ違い、モリオンは視線で助けを求めたが、主君を止める勇気ある者は、残念ながら現れなかった。


 モリオンは、ある一室に連れ込まれ、そのまま豪奢な寝台に放り投げられ、顔から枕につっこんだ。

 ふかふかでバウンドして、そこまで痛くは無かったのだが……。


 鼻を押さえたままモリオンは振り返り、そして我が目を疑った。


「ちょ! ま……待って! な、なんで服脱いでるんですかぁッ!」

「何って……寝室でやることと言えば、決まっておろう?」


 上着を脱いで服を緩めるユーディンは、ニヤリ……と、獲物を前にした肉食獣のように舌なめずりをする。


「待って! その、お、女の人、嫌いなんじゃなかったんですか?」

「モルガかチェーザレあたりから聞いたか……。確かに、苦手・・ではあるな。好んで・・・側に置きたいわけでもない。どちらかというと、貴様の言うように、嫌い・・な部類の連中だ」


 でも……と、モリオンの口を、ユーディンは自身の口で塞いだ。


「……お前は別格だ。抱きたくなった」


 ちょ……待って……と、涙を潤ませ、モリオンは懇願する。


「私、その、結婚を約束してる人が、いるんです……」

「ほう……それは、余より良い男・・・・・・か?」


 ユーディンの冷たい目に、モリオンは固まる。


 少なくとも、自分はデカルトを、愛している。

 しかし、この暴君に、どう、答えたら……。


 あからさまに不機嫌になった皇帝ユーディンは、モリオンの白いブラウスを引き裂いた。

 日に焼けていない白い肌があらわになり、モリオンは小さく悲鳴をあげ、嗚咽を漏らしながら懇願した。


「やめて、お願い……だれか助けて……」

『やめて、お願い……だれか助けて……』


 脳裏に、誰か・・の声が被り、思わず、ユーディンの動きが止まる。


『やめて……嫌だ! だれか、お願い……』

「あ……あああああ……ああああああああああああああああッ!」


 頭を押さえ、突然ユーディンは叫んだ。

 朱の目をカッと見開き、ぜーぜーと、荒い呼吸を繰り返す。


「違う……余は……余はッ!」

『一緒だよ。おまえは、あの時の、あの人・・・と』

 

 頭の中で、声が響く。

 怒りに震える、憎らしい、もう一人の自分ユーディンの声が……。


『今すぐ代われ! おまえなんか引っ込んじゃえッ! 少なくとも……』

「少なくとも、母上を泣かせる最低なおまえ・・・・・・・・・・・・・よりは、いい人だよバカー!」


 天蓋を支える柱に、自分から盛大に頭を打ち付け、ユーディンは叫んだ。



  ◆◇◆



「だ、大丈夫? 母上・・……」


 心配そうにのぞき込むモリオンに、ユーディンはにっこりと、力なく笑った。


「ゴメンね、母上。怖かったよね……ゴメンね……」


 ユーディンは、うわごとのように呟きながら、寝台にあおむけにばたりと倒れ込む。

 浮上した意識に少し遅れて、撃たれた右腕の傷が痛んだ。


 悲しくて、腹立たしくて、ユーディンの目に、じんわりと涙が滲む。

 ぶつけた頭がズキズキと傷み、眩暈がするが、ユーディンはゆっくりと起き上がり、先ほど、もう一人の自分が脱ぎ散らかした上着を、モリオンに向かって後ろ手に投げた。


「あげる。……母上には、大きいかもしれないけど」


 床にそのままぺったりと座り、グスグスと鼻をすすりだした皇帝に、モリオンは上着に袖を通すと、彼の隣に座る。


 びくり──と、一瞬震え、ユーディンはモリオンとの距離を開けた。


「……来ないで」


 しゃくりあげるユーディンに、「どうして?」と、モリオンは優しく問う。


「だって、ボク、母上に、嫌われた……」

「確かに驚いたけれど、あなた・・・は、私を助けてくれたじゃない」


 あなたのことは、嫌いじゃないわ。


 モリオンの言葉を、すぐには理解できなかったようで、ユーディンはきょとんと、モリオンを見つめた。


 何度か自分の中で反芻して、そして、パァっと表情を輝かせた。


「ほ、ほんと、に?」

「ええ」


 おそるおそる、ユーディンはモリオンに近づいた。モリオンはただ、微笑む。


「ごめん、なさい」


 安心したのか、ぽろぽろと涙をこぼし、大きな子どもは、小さな母親に顔を埋めて、わんわんと泣いた。



  ◆◇◆



「陛下!」


 ぞろぞろと──モリオンにステラ、サフィニアにソル、そして文官であるムニンを引きつれ、現れた皇帝陛下に、ルクレツィアとチェーザレを軟禁している部屋の見張りは、顏をこわばらせて敬礼をする。


「緊急事態につき、ボクたちが聴取する! って事で、宰相に伝言よろしく!」

「は?」


 理解が追い付いていない見張りに対し、ソルが苛立たしげに口を開いた。


「おじ上に伝えろ。「実権握る前に握る国を滅ぼしたく本末転倒になりたくなければ、今回は目をつぶれ!」とな」

「ほらほら。元素騎士と文官と、こんなに証人いるんだからいーでしょ?」


 鍵を受け取り、シッシッ……と手を振るソルの隣で、さらに鍵を回されたステラが、ガチャリと扉を開けた。


「ルーちゃん! お待たせ!」

「ありがと……って、陛下!」


 ぎょっとルクレツィアが目を見開き、平伏する。

 しかし、隣の兄は涼しい顔で、椅子に座ったままユーディンを見上げる。


「早かったな。今回は」

「ちょ……ちょっと、色々ありまして……」


 いつもの調子のユーディンに、今度見極め方を教えてもらおうと、ルクレツィアは心に決めた。

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