第21章 修羅

「陛下……?」


 いつものユーディンとは、明らかに様子が違う。ルクレツィアは呆然と、兄と皇帝を見比べた。


「……頭が、高いぞ」

「え……」


 ユーディンが杖を──仕込みの刃を一閃する。

 カラカラ……と音をたてて、ルクレツィアの義手が石の床に転がった。


「!」


 仮の既製品レディ・メイドとはいえ、複雑な内部構造の金属製の義手を、たった一薙ぎで斬り落としたユーディンは、そのままその刃をルクレツィアの首にあて──視線を周囲に向ける。


「皆、頭が高いと言っている」


 ざぁっと、その場にいる者、皆がひれ伏した。


 いや、一人だけ立ったままの者がいる。

 宰相、ベルゲル=プラーナ……。


「まったく、躾がなっていない……なぁ。チェーザレよ」

「申し訳ございません。陛下」


 ここは、静まりください……と、チェーザレが言うが、ユーディンは聞く耳を持たず、ツカツカとベルゲルに詰め寄る。


「何か、余に言いたいことはあるか?」

「僭越ながら……オブシディアン・・・・・・・両名の疑いが、物理的・・・に、晴れたわけではありませぬ」


 あくまでも、襲撃はチェーザレとルクレツィアによるもの──と訴える宰相に、ユーディンは鼻で笑った。


「貴様の方が、よほど動機・・があるというのに……」


 まぁよい。と、ユーディンは剣を鞘に収める。


「ならば、貴様が満足するまで、吟味しようではないか……」


 では……と、ベルゲルはニヤリと笑う。


「ラング・オブシディアン、およびリイヤ・オブシディアン、ラジェ・ヘリオドールの三名を拘束する! ……よろしいですな? 陛下」


 うなずくユーディンを見て、ベルゲル配下の文官が、儀式の間を出て行った。

 しかし、間もなく、慌てた様子で駆け戻ってくる。


「ラジェ・ヘリオドールの姿が、どこにもありません!」



  ◆◇◆



「ヘルメガータも消えた……だと?」


 ミカの報告に、ルクレツィアが目を見開く。


 宮殿の一室に、チェーザレとルクレツィアの二人は軟禁されていた。

 二人バラバラに独房に入れられなかったのはユーディンの意思だと思われるが、部屋の扉には鍵がかけられ、前にはしっかり見張りがいる。


「どうした?」

「兄上……実は……」


 声が漏れないよう、小声で兄に耳打ちする。


 控えの間に、モルガの姿は無く、代わりに、大量の砂と、崩れかけた人の形をした石の塊が数体、転がっていたとのこと。


 さらに、見張りがいたにもかかわらず、ヘルメガータも突然、忽然と消えてしまったらしい。

 兄が「ふむ」と、納得する。


「我らの吟味がなかなか始まらないのは、そのせいか……」

『エロヒム様が、一生懸命追跡をしておりますが……我らも、『操者の力』を得て、初めて力が出せるものなので……』


 ミカの言葉に、ユディトとイザヤ──兄に従う光の精霊機デウスヘーラーの二人の精霊も、うんうんとうなずいた。


 チェーザレはむぅっと、眉間にしわを寄せる。


「解せん……。お前が伝説級と同様に精霊と交信できるようになって、何故オレの前には奴らは姿を現さん」

『技量的な条件としては、地のボウヤと同レベルっていうか、十分満たしてるっていうか……申し分ないんだけどねー。……ただアンタ、承認したらいろいろ悪さしそうで、許可だすの怖いんだよ……』

『なにぶん性格が悪すぎるわい』


 精霊たちのダメ出しの嵐に、この話は兄に伝えるべきなのだろうか……ルクレツィアはわからない。

 ただ……。


「あ、アレは……事故です」


 まさか「モルガカイにキスされたから見えるようになりました」とは、兄には死んでも言えない。


「ミカ、協力を願えそうな者は、何人いる?」

『現時点で我らの声を聴ける者は、モリオン様、アキシナイト様……そして、アウイナイト様の三名です』

「アウインもか!」


 こくり。とミカがうなずいた。


『火山爆発の際、ルツが接触したそうですの。落ち着かせて、安全な場所に誘導し、助けを待つように伝えたので、あの子たちは無駄な体力を消費せず、助けることができました』

『ちなみに補足するなら、アキシナイトって子は私たちの声は聴こえないよ。最初の地のボウヤと一緒で、見えるだけだね』


 なるほど……と、ルクレツィアはうなずいた。


 行方不明になった五人の子供たちを助け出したのは、ハデスヘルミカだった。


「しかし、モリオン殿は騎士ではないし、あとの二人も新入りで、ヘルメガータを独自に追うことはできないし……陛下は?」

「陛下には無理だ」


 ルクレツィアの問いに、何故か兄が答えた。

 訝しむルクレツィアに、補足するように、ミカが口を開く。


『大変言いにくいのですが……あの方は、精霊の加護・・・・・を、持ち合わせていません』



  ◆◇◆



 太古から、この世界の人間には、それぞれ「精霊の加護」がある。「例外・・」がいくつかあるものの、基本的には一人の人間は、どれか一つの精霊の加護を受けていた。


 その、数少ない例外の一例。


「陛下に、加護が無い……?」


 ルクレツィアは目を見開いた。彼女の様子に、兄が、小さくため息を吐く。


「極秘中の極秘案件だ。宰相ベルゲルも知らない……絶対に、知られてはならないレベルの」


 むやみやたらに口にするな。兄の様子から、それが事実であることが、ルクレツィアに痛いほど解った。


「解りました……」


 そう口にし、思わず、座り込んだ。


「衝撃的、だったか?」

「はい……」


 精霊の加護が無いこと。それは、この世界において、「人間と認められない」ことに等しい。


 実害は「VDを動かすことができない」くらいしかないのだが、精霊から「加護をもらえなかった」という事実は、古来から差別の対象となっており、「精霊の加護が無い」事を理由に殺され、それが許される例も、後を絶たなかった。


 もちろん、そのような者が「皇帝」になった例など、ルクレツィアは、今まで、聞いたことがない。


「陛下が闘わなければならないモノ・・は、何もアレイオラや宰相だけではない。血筋、慣例、加護の無い事実……それらと闘ううちに、具現化した修羅・・が、アレだ」


 兄が、そっと、ルクレツィアの斬られた左腕に触れる。


「いや……本来の陛下が、修羅の方なのかもしれない。時を止めた・・・・・陛下とは違い、年相応の分別があるからな」


 ただし、と、兄は付け加えた。

 その性格は極めて冷酷にて、慈悲と仁愛の心を持ち合わせないが……。と。


「兄上は、いつからご存じだったのです?」

「陛下が『二人に別れた』時から、知っていたさ……。七歳の頃から、な」


 わずか七歳の少年が、母親の死をきっかけに、片方は母親恋しさに時を止め、もう片方は母親の復讐を胸に、修羅となった……。


「元の陛下に、戻られるのですか?」

「『修羅』が出てくるのは陛下が出血を伴う怪我をすること。一日経たずに元に戻ることもあれば、数か月、そのままの時もある」


 ルクレツィアが、無言で黙り込む。そして、しばらくの後、口を開いた。

 やや、不安は残るのだが……。


「兄上、こういう案・・・・・は、いかがでしょうか?」


 やはり、彼女・・に頼む事しか、ルクレツィアには思いつかなかった。

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