陽と陰の皇帝編

第20章 神の名

「ッんとぉーに、すんませんでした!」


 二人に飛びつかれ、感動的再会──とおもいきや、モルガはルクレツィアとアックスに、さっそく説教を受けていた。


 土下座のモルガの頭の上から、ルクレツィアとアックスの怒声が響く。


「貴様、あの時アリアートナディアルで、どれだけ皆に心配かけたと思っている! その流れから引きこもった挙句に他人カイに代理とか、どういうつもりだッ!」

「そもそも変なの・・・に体乗っ取られるとか、兄ちゃんは脇が甘いんじゃ!」


 怒られる自覚はあるので、モルガはひたすら頭を下げ、二人の怒りを聴いた。

 アックスの「変なの」扱いに、自分の中のカイが、ムッとするのがわかったが、どうどう……と、モルガがなだめる。


「何がおかしい!」

「! い、いや、違う! なんでもないッ!」


 慌ててモルガは誤魔化した。


「いや、まさかワシも、この状態で二人に会えるとは、思わんかったんでのぉ……」


 姉の元でのリハビリは、現状、順調と言える。


 砂にしたのは初日のドアと、その後、義手に使うための小さなパーツをいくつか。

 最近は何も壊さず、作業を終えることも増えてきた。


 リハビリの事を暴露してしまうと、ルクレツィアの義手を自分が作っていることがバレてしまうので、それだけは内緒にしておこうとモルガは思う。


「……ほんまに、嬉しいのぉ、と、思って」


 モルガがにっこりと笑うと、毒気を抜かれたように、はぁ……と、二人がため息を吐いた。


「しっかし、羨ましいのぉ……今みたいに精霊機越しじゃないと、兄ちゃんに会えんとは……」


 ワシも、精霊機の操者元素騎士になりたい……と、アックスがため息を吐く。


 元素騎士になりたいと思う騎士は数多くいるが……しかしながらルクレツィアは、このような動機は正直、聞いたことがない。


「しかし、風の精霊機アレスフィードはアレイオラの機体じゃしのぉ」

「あー、なんでワシ、加護が風なんじゃろー……」


 光とかだったら、ワシ、一発で元素騎士になれる気がするのに……と、もしチェーザレが聴いていたなら、そりゃーもう最大級の嫌味と毒舌の嵐が吹き荒れそうなことを平気で言う、怖いもの知らずのモルガの弟に、思わず唖然とルクレツィアは口をあけた。


 しかし、ふと、そのアックスの言葉で、ある考えがルクレツィアの脳裏をよぎる。


「なぁ、モルガ……その、風の精霊機を、アレイオラから奪取する・・・・というのは、どうだろう?」


 はい? と、ヘリオドール兄弟が、目を点にして、顔を見合わせた。



  ◆◇◆



「昨日から何度も言うが、あまり、薦められないな」


 翌日、カイがため息交じりにルクレツィアに答える。仮面の奥から、ジトッとした紫の瞳が見えた。


「できないのか?」

「できない──ことはない。やろうと思えば、できる。……と、思う。たぶん」


 眉間にしわを寄せ、カイは腕を組む。

 モルガのフリ・・をしているときはもちろんなのだが、素の時も随分と、人間らしい表情をするようになった──と、ルクレツィアは思った。


 重臣会議の後、神殿で行われる祭祀の為に、二人は歩いて移動する。


「……まったく、何故、我が、同胞・・を崇める側に回らねばならぬのか」


 小声でぶつくさ言いながらも、カイは神殿に向かって早足で歩く。

 強引かつ傲慢な性格ではあるが、根本的な部分は、真面目な『神様』だと、ルクレツィアはやや、認識を改めつつあった。


「そういえば、フェリンランシャオの神ヘパイストにも、貴様やハデスヘルエロヒムみたいに『名』はあるのか?」


 はぁ? と、ルクレツィアの言葉に、本気で驚いたらしく、カイが目を見開いた。


「時間というものは、実に、残酷なモノだな……」


 現在進行形で貴様らが崇める神の名くらい覚えておけ! と、カイは頭を抱える。


「エロヒム・ギーボル。それが貴様らが崇める精霊機ヘパイストに宿る、『神』と呼ばれるモノだ」



  ◆◇◆



 祭祀は皇帝であるユーディンと、フェリンランシャオの神殿に仕える、巫女・・たちによって行われる。


 列席しているのは、元素騎士をはじめとした、いつもの重臣会議のメンバーたち。そして、各宮軍の師団長といった面々だ。


 女性恐怖症のユーディンにとっては苦行以外何物でもないだろうが、祭祀は何事もなく、厳かに、粛々と進んだ。


 ユーディンによって、朗々と詠いあげられる祈りの言葉。


 彼に合わせる、巫女たちの美しい歌声。


 そんな時、コホッ──と、小さくモルガカイが咳をした。

 ルクレツィアは隣を見上げ、ぎょっとする。


「どうした……モルガ……」

「う……ぁ……」


 息苦しそうに、そのままモルガはその場にうずくまった。

 見開かれた目からは涙がとめどなく流れ、懸命に耳をふさごうとする。

 瞳の色が紫色に染まり、髪の根元が、銀色に変色しかけていた。


(マズイ……)

「静粛に。そのまま続けて。リイヤ・オブシディアン。貴公は手伝え」


 兄に促され、モルガカイをそれぞれ片方ずつ、肩で支えるようにして、三人は儀式の間を退室する。


「触れ……るな……」


 隣接する控えの間に入った途端、モルガは二人の肩を振り払い、前のめりに倒れた。はずみで仮面が外れ、床の上を滑るように転がっていく。


 長い銀の髪が一気に床に広がり、三対六枚の大きな翼が服を破いたと同時に、モルガカイの寄り掛かった椅子がザラザラと砂になった。


「あぁ、怨嗟の声が聞こえる……無能な我を、恨み、罵る声が……」


 ボロボロと、紫色の瞳から、涙がこぼれる。耳を強く押さえ、カイは荒い呼吸を繰り返した。


「そうだ。祈り。あの言葉。懐かしい。けれど、もういない。我に、祈りを奉げる者は……」


 もう、とうの昔に、この世界にはいないのだ……イシャンバルの、我が民・・・は……。


「我が、無能な『神』だったから……守り、きれなかったから……」


 嗚咽を漏らし、カイは泣いた。


 そっとルクレツィアの袖を引っ張り、兄が外に出るよう、促す。


「兄上、その……」


 控えの間の扉を閉め、ルクレツィアは兄に恐る恐る問いかけた。


「あまり、驚かれてはいないようですが、その……ご存知……でしたか?」


 アリアートナディアルで、モルガに宿ったカイの存在は、確かに兄に報告していた。

 が、モルガのフリをするカイについては、自分は兄に、何も言っていない。


 兄はニヤリと笑って答えた。


「人間のフリをする『神』の弱みを握るというのも、それはそれで面白くはあるが、まぁ、オレとて空気くらいは読むさ」


 優しそうに見えてちっともそうではなく、兄はやっぱり兄だった。

 ははは……と、乾いた笑いを浮かべてルクレツィアはがっくりと肩を落とす。


 しかし、そんな時。


 神殿内に、乾いた、大きな音が響いた。



  ◆◇◆



「何事だ!」


 儀式の間の扉を開け、チェーザレとルクレツィアが飛び込んだ。

 一同の視線が、チェーザレとルクレツィアに集中する。


「陛下!」


 祭壇の端に、右腕を押さえてうずくまるユーディン。

 そして、彼を介抱しようと側による巫女たちの姿を目にし、チェーザレは祭壇に駆け寄ろうと走る。

 しかし。


「控えよ!」


 ベルゲル宰相をはじめとする数人が、チェーザレとルクレツィアの前に、立ちはだかる。


「貴殿たちには、陛下暗殺未遂の嫌疑がかかっておる!」

「なッ……」


 反論しようとするルクレツィアを止め、つとめて冷静に、チェーザレは口を開いた。


「……ということらしいんですけど、どう思います? 陛下」

そうだな・・・・


 どけ。と、ユーディンが巫女の一人を突き飛ばして、立ち上がる。

 どくどくと腕から血が流れ、袖を赤く染めるが、ユーディンの顔は、笑顔だった。


 ただし、いつもの太陽のような、屈託のない笑顔ではなく、まるで薔薇の花のような、棘のある、美しい微笑み……。


「まぁ、まず、らしくはない・・・・・・な。そいつ・・・を暗殺するとするなら、銃は使わん。目撃者が多いし、派手過ぎる」


 ユーディンはゆっくりと、杖をつきながらチェーザレに近づく。

 すぐ隣にルクレツィアが居るのだが、怖がる様子は、微塵もない。


 ごくり……と、あの兄が、唾を飲んだのを、ルクレツィアは見逃さなかった。


「あくまでも自然死にみせかけるだろう。ハッキリ例をあげるなら、毒殺・・のような」

「お褒めにあずかり、光栄でございます。では、さっそく、昼食からの食器を使うよう、手配いたしましょう」


 膝をつくチェーザレの頬を、血で濡れた右手で触れた。


「相変わらず、面白い男で、は嬉しいぞ」

「お久しぶりでございます……。そして、さっそくお手を煩わせることになり、申し訳ございません」


 構わぬ……。と、笑うユーディン。


 ルクレツィアはもう、何が何だかわからなくなり、目を白黒とさせるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る