第14章 エロヒムの智謀
むわり……とした、
意識が途切れかけたものの、ルクレツィアは全力で彼を突き飛ばし、ゲホゲホとむせこむ。
「……なるほど、貴様か。
おかげで、不十分な降臨となった……。実に忌々しげに、
「貴様の記憶を読む限り、その状況──
舌打ちをすると同時に、苛立たしさを隠す様子もなく、
「エロヒム! 貴様の
突然、
否。
『控えよ! シャダイ・エル・カイ!』
低く落ち着いた……けれど、凛とした女性の声が響いた。
床にこするほど長い赤い髪に、古い絵物語に出てくるような、シンプルな作りではあるが、
『ここは、我ら『闇』の領域である!』
女性の声に合わせ、闇が濃く、
「よくもまぁ、ぬけぬけと……」
闇にまとわりつかれ、『地』属性の
女性を睨み……しかし、口元は嘲笑うかのごとき笑みを浮かべ、六枚の翼をびりびりと震わせる。
「最初から、
『否定はせぬ……が、先に度を越した行為をしたのは貴様だ』
ルクレツィアは、目を見開く。
姿はない。が、突然、『自分の声』をした何者かの声が、
『貴様の行為、それは、
フンッ……と、鼻をならして、シャダイ・エル・カイと呼ばれた
「操者は、
それに、我らの創造主が『再臨』される前に、『人間』というものの『価値』を、我らで見極めるのもまた一興……。
シャダイ・エル・カイが、クスクスと笑うが、ハデスヘルの『闇』に侵食され、身体を支える力すら出せないのか、すぐにぜーぜーと苦しそうに床に伏せた。
『我が貴様の興に乗るつもりはない。シャダイ・エル・カイ。今すぐ操者から離れ、己の領域へ帰れ』
「それは無理な相談だな。エロヒムよ。……贄との契約も完了した。既に『我』は『シャダイ・エル・カイ』であり、『モルガナイト=ヘリオドール』
ならば……と、赤い髪の女性が口をはさんだ。
『ならば、せめて操者の意識を表に出すべきです』
「ミカ……貴様が我に偉そうな口を利くな」
怒りの混じるシャダイ・エル・カイの口調に、ミカ、と呼ばれた女性は口ごもる。
『ならば、我、エロヒムが頼もう。……そうだな。『操者の身に危険が及ぶ場合』、『操者が望んだ場合』をのぞいて、貴様は眠りにつくがよい』
「見返りは?」
しばし、エロヒムが思案した。
『では、『
『エロヒム様!』
ミカの悲鳴に近い声を、『よい』と、エロヒムが遮る。
「よかろう……まったく、
バラバラと、シャダイ・エル・カイの白銀の羽と黄金の鱗が床に散らばった。
翼の形が徐々に崩れ、鱗の下から血色の良い人間の──肌の色が現れる。
「約束はしたぞ。エロヒム。まったく。貴様の
徐々に長い銀の髪が、元の暗い茶色に染まった。三対六枚の翼が無くなり、行き場を失った大量の白銀の羽が、裸体の背中に、どざりとかぶさる。
おそるおそるルクレツィアが近づくと、シャダイ・エル・カイ──いや、モルガが、スースーと寝息をたてていた。
◆◇◆
「兄う……じゃない、ラング・オブシディアン!」
「ルクレツィアか……今どういう状況か、わかっての台詞か」
あとにしろ……と、そっけない兄に、淡々とルクレツィアは用件を伝える。
「ラジェ・ヘリオドールの回収に成功いたしました」
「……は?」
今、なんつった……絶句し振り返った兄は、珍しく動揺したような表情を浮かべている。
「ですから、その、ラジェ・ヘリオドールの回収に成功いたしました。今、ハデスの中で眠っておりま……」
「ソルッ! ソルはどこいった! ちょっと来いッ!」
ルクレツィアの言葉を最後まで聞かず、兄はこれまた彼らしからぬ様相で、どたばたと駆けていった。
そんな兄の背を見送り、ルクレツィアは隣をチラリと見上げる。
ルクレツィアの隣で、迷わないよう、
◆◇◆
『ごめんなさい』
ミカが申し訳なさそうに、ルクレツィアに頭を下げた。
『
あの時──トラファルガー山へ向かった時の敵襲で、幾千年ぶりに自分の姿を見つけ、
『とても、優しそうな方だったから……
こんなことになるなんて……と、ミカは表情を曇らせた。
『ミカよ。済んだことを言っても致し方ない』
ルクレツィアと同じ声が、ミカを慰める。
「……ということは、お前が、モルガの言っていた「ハデスさん」?」
ルクレツィアの言葉に、「はい」と、ミカは微笑んだ。
『ミカと申します。……こうして、貴女とお話できるようになって……経緯はとても残念ですけれど、私個人の本心としては、とても嬉しいですわ』
「経緯……そういえば、どうして……」
ルクレツィアには、見えなかったものが、どうして突然視認し、会話もできるようになったのか……。
『シャダイ・エル・カイの
あ、あの時の『キス』か──ッ!
思い出し、思わずルクレツィアの顔が、瞬時に真っ赤になった。
淡々と説明してくれるエロヒムの声が、
恨みの籠った視線を、ルクレツィアは眠ったままのモルガに突き刺した。
そんなルクレツィアを、まぁまぁ……と、ミカがなだめる。
『改めて。ルクレツィア。我が操者よ。巻き込む羽目になってしまい、本当に申し訳ない』
エロヒムが改まり、ルクレツィアに詫びた。
『我らは本来、
そこで、だ。と、エロヒムが提案をした。
『シャダイ・エル・カイは、しきりに『贄』と称していたが……我は『同志』としてそなたに頼みたい。『シャダイ・エル・カイ』とその操者の監視を、我らとともに、しては、もらえないだろうか……?』
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