初陣光の大地編

第12章 初陣

 アリアートナディアルは光の帝国。


 赤い砂漠のフェリンランシャオと、気候は似てはいるのだが、砂の色は白く、昼は太陽を、夜は数多あまたの月や星の光を反射し、明るく輝く大地。


 アリアートナディアル・フェリンランシャオ連合軍と、アレイオラ軍は、そんな砂漠のど真ん中で、睨み合うことになった。


「あれは……」


 モルガがルツに問う。

 アレイオラのずんぐりとしたVDの中、ほっそりとしたシルエットの……一際目立つ、淡い青の機体と、純白の機体……。


水の精霊機ポセイダルナと、風の精霊機アレスフィード……』

「……大当たり。じゃな」


 震えるルツの赤い髪を、モルガは撫でた。

 そして……ルクレツィアの言葉を、心の中で反芻する。


「初心者でも半人前でも一人前でも、皆、できることをやるだけなのだから」


 そう……じゃの。


 腹をくくったモルガに、チェーザレの声が響いた。


「きたぞ! 散開ッ!」

「よし来た! ルツ! 行くぞ!」



  ◆◇◆



 相手の機体の砲撃を避けながら、モルガは全力前進する。


 ヘルメガータは精霊機の中でも、「最高の防御力」を持つ機体だ。

 故に、よほど強力な武器や、当たりどころが悪くない限りは、平気……。


「うぉッ!」


 砂漠に足をとられ、ヘルメガータがひっくり返る。その上に、のしかかるように、相手のVDが迫った。

 

「邪魔じゃぁッ!」


 ヘルメガータモルガが剣を振り回す。しかし、わかりきった話ではあるのだが、まるで型がなっていない。


「動かないでッ!」


 突然の通信に驚き、モルガはびくりと動きを止めた。


 と、同時に、ヘルメガータモルガの背後から撃たれた光線が、相手の機体の胸部を貫き、がくりと動かなくなった。


「大丈夫ですか──」


 しかし、近くで別の爆発が起こると、その通信は切れ、砂嵐のような、ザーザーとした雑音だけが、モルガの心臓コックピットに響く。


「……ッ」


 モルガ達の目的は、もちろん、防衛するアレイオラを追い払う事。利は迎え撃つ防衛側こちらにあり、有利には進んでいる。


 しかし。


(いろいろと、キツいのぉ……)


 初めての戦場。


「美しい」と、ただ、VDを見上げていた、あの時と、同じ──けれども、違う……。


 目の前で、主観的に、殺し、殺され、そして……。


「モルガッ! 上ッ!」

「ッ!」


 ルクレツィアの声に反応し、モルガは純白の機体の攻撃を受け止めた。


 精霊機アレスフィード──滅びた風の帝国リーゼガリアスの守護神!


「ルツィ! あの時の! アレ! Chorus illusio幻影の踊りは?」

「えッ! ……あ、そ、それがさっきから試してはいるのだが、何故か、まったく使えないのだッ!」


 ルクレツィアは一瞬、今まで呼ばれ慣れない愛称で突然呼ばれたせいか、挙動がおかしくなったものの、すぐにいつもの調子に戻る。


 じりじりと白い精霊機に、モルガは圧される。

 押し合う力は、相手の方が強く、また、『風』とあって、動きが素早い。


「ハデスさんッ! Chorus illusio幻影と踊れ!」


 モルガが通信越しに叫ぶが、敵の動きに、目立った変化はない。


「うあッ!」


 アレスフィードに吹き飛ばされ、ヘルメガータが倒れた。

 ものの見事に両腕を断ち切られ、バチバチと火花が散る。


 そして、見下ろすアレスの持つ、大きな剣が、ヘルメガータの胸……心臓コックピットめがけ、何度も突き刺された。


『見事に、大変ピンチだな……助けて欲しいか?』


 突然、通信ではない鮮明な声が、モルガの耳元できこえた。


 心臓コックピットに居るのは、ルツのみ。そのルツは恐怖の表情で固まり、モルガの背後を凝視している。

 振り返ると、人間の形をした、白い靄が、まるで、影のように浮かび上がっていた。


 それにしても、この声……どこかで、聴いたことがあるような……。


「誰……じゃ……」

『無駄話をしている場合では、無いと思うがな。ヒトの子よ……』


 そうだな。名が無いと不便か……。声は笑いを含みながら、丁寧にモルガに応えた。


 そうこうしている間に、ベキリと嫌な音がし、剣の切っ先が、チラリと見えた


『我は、シャダイ・エル・カイ……。我は、そこなる『ルツ』と同じ、この殻に封じられた者……』

「ルツと、同じ……?」


 だったら……。と、モルガは躊躇いなく叫んだ。


「なんでもえぇ! 助けてつかぁさいッ!」

『応えよう。ヒトの子よ。……否』


 白い靄が固まり、だんだん、ヒトの形となり……。


『これから、我はお前、そして、お前は我だ。存分に『神の力』、振るうがよい……』


 茶色の髪に、赤い瞳の男──なにも身につけていない、裸の『モルガ』が、凝視するモルガの両頬に触れ、ニヤリと笑った。



  ◆◇◆



 突然、ハデスヘルの心臓コックピットに、警報アラートが鳴り響く。


「なッ!」


 まるであの時──トラファルガー山へ向かった道中の時のように、ハデスヘルが勝手に、ルクレツィアの意思を無視して、広範囲の戦場の情報を集め始める。


「こらッ! モルガ! 何をして……」


 い……る……。


 ルクレツィアは、絶句するしかなかった。


 両腕の無いヘルメガータ。胸にはアレスフィードの剣が刺さって、動かない。

 しかし、その『眼』が、見たことのない色──紫色に輝いている。


 ハデスヘルはルクレツィアの操縦を受け付けることなく、膨大な情報を集め始めた。


 地形……、地質……そして……。


「……コレは……連合軍ウチの、機体識別信号?」


 突然、地面が鳴り響く。

 アリアートナディアルに火山は無い。地震の少ない、穏やかな土地だ。


 しかし、その揺れは大きく、白い砂の中に、ヘルメガータを飲み込んでゆく。


「あ……こらッ! 動けッ!」


 助けに行こうとするが、まったくもってコントロールがきかない。果てには背中から砲撃を受け、ハデスヘルルクレツィアは、真っ逆さま──。


「何をしているッ!」

「兄う……二等騎士ラング・オブシディアン!」


 金色の機体──デウスヘーラーに受け止められ、ルクレツィアは、ほっと胸をなでおろす。


「デウスヘーラーに、異常は……ありませんか?」

「なんだ。どうした?」


 ルクレツィアは落ち着いて、今の状況を司令官に伝えた。


「先ほどから、ハデスのコントロールが聞きません。ヘルメガータからの、干渉を受けているよう……で……」


 ルクレツィアは、絶句した。再び、チェーザレが「どうした?」と、問う。


「兄上……あれは……」


 ルクレツィアの声が震える。


 半分近く、砂に埋まったヘルメガータ。その傍にある千切れた両腕が、ザラザラと、砂のように崩れて、風に巻き上げられている。


 巻き上げられた砂粒──否、実際は乳飲み子の拳大くらいはあるだろうか……。まるで人間の眼球のような外見カタチで、瞳孔にあたる部分に鮮やかな紫色の石がついた、茶色の其の丸い球体は、何百、何千と散らばり、やがて、それぞれが意思を持つように、不気味に戦場を飛び回った。


「ッ!」


 それは、唐突に起こった。


 砂の中から無数の巨大な岩の棘が突き出し、避ける間もなく、VDが串刺しにされる。


「なッ……」


 器用なことに、それはすべて敵国側アレイオラの機体のみ。味方の機体は、一体、何が起こったか理解できず、呆然と、動きを止めた。


 運よく棘を回避したり、届かなかったアレイオラの機体に、先ほどの『眼球』が群がりはじめる。

 そして、紫色の宝石から発射されるレーザーに、至近距離から何度も撃ち抜かれ、機体は穴だらけになり、爆発する間も無く地に伏した。


 アレスフィードとポセイダルナ──そして、アレイオラ軍は混乱しながらも徐々に後退、そして、ほどなく撤退を開始する。


「一方的な殺戮……これが、伝説級・・・の力、というわけか……」


 機体の爆発と大地に浸み込む燃料、そして、無数の壊れた機体の破片──黒く染まる砂漠を見つめるチェーザレに、ルクレツィアが、「兄上! あれを!」と、ヘルメガータが居た場所を指し示す。


「……なんだ……あれは……」


 くぼんだ砂漠……まるで蟻地獄のような様相──その中央に、何やら大きな、球状の塊が、繭のようにうごめいていた。

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