第8章 波乱の叙任式

 これが、思いついた「イイコト」か。

 チェーザレ曰く「妙案」に、モルガは思わず、顔を引きつらせるしかなかった。


 モルガの体のサイズに仕立てられた、地の元素騎士の茶色い制服。それを身に着け、モルガは叙任式に向かう。


 部屋に入った途端、ざわりと部屋の空気が変わった。


(まぁ、そーゆー反応じゃろうのぉ……)


 自分が見ている方なら、間違いなく驚く。否、どちらかと言うと絶句する。


 モルガは、顔の上半分を、仮面で覆い隠していた。

 繊細な装飾が施された金属の仮面で、額や頬に、いくつかのピンクと黄色の石モルガナイトとヘリオドールがはめ込まれている。


 コレは実に高そうだ……と、モルガは思う。銃ではあるが、兄の元で修業をし、金属による装飾加工の習得に苦労をしていた身としては、そっちの方が気になってしまう。


 左右に並んだルクレツィアやステラたちの前を通り過ぎ、皇帝──ユーディンの前に進むと、彼は晴れやかに笑った。


「あぁ、良く似合ってる」


 ユーディンが「君の名前にちなんで、ボクが、その石を選んだんだよ」と、得意げに言えば、ごほんッと、彼の隣で、元素騎士の隊長である光の元素騎士、チェーザレが咳払いをする。


「モルガナイト=ヘリオドール。叙任式の前に、一つ、頼みがある」


 チェーザレがニヤリと笑い、なんとなーく、嫌な予感がモルガの脳裏をよぎった。


「此処に揃う者たちは、国を動かす皆々様。……まぁ、ざっくり簡単に言えば、貴様の事を疑っているのだよ」

「口が過ぎるぞ。二等騎士ラング・オブシディアン」


 やっぱり余計な一言を言ったチェーザレの言葉を、苦々しい表情で、朱眼朱髪の老齢の男が遮る。


「というわけで、だ。異例の方法で騎士に選ばれた貴様への、簡単なテストだと思えばいい。……この部屋に、何人居る・・・・?」

「えっと……」


 モルガは、部屋を見回す。


 見たことのない、渋い顔をした人間が八人。ユーディンとチェーザレが正面に居て、ルクレツィアとステラが入り口に近い、後方に立っている。


 もう一人、自分と同じ、元素騎士の──緑色の制服を纏う、緑色の髪と瞳の女性が、チェーザレに近い位置に立っていて……。


「ワシ……じゃない、自分を入れて、人間が十四人。あと、ルツと、「ハデスさん」、「へパのあんちゃん」、あと、見たことない精霊が「三人」おります」


 ざわッ……と、室内の人間がざわついた。チェーザレは目を細め、「静粛に」と、叫ぶ。


「どういうことだ? この国に集う元素騎士は、貴様を含めて五名。つまりは精霊機は五体だ。計算が合わなくないか?」

「と、言われてものぉ……」


 モルガは目を細める。


「ルツがワシの隣におるし、ハデスさんとへパのあんちゃんは、それぞれ主の元にぴったりおるし……そこの緑の姉さんの後ろに、厳ついあんちゃんがおって、えっと……チェーザレのあんちゃんの後ろに、二人おるんじゃ……」


 ふむ……と、チェーザレが頷く。末席に立つ二人の人間に目配せをし、部屋の隅から机や椅子を持ってきて、なにやら準備を始めた。

 一人は紙とペンを取り出し、もう一人は分厚い本を何冊も並べる。


「人相を聞こう。二等騎士ラング・ビリジャン」

「はぁい」


 チェーザレが、緑の元素騎士を呼ぶ。おっとりした彼女は、ニコニコとほほ笑みながら、モルガに近づいた。


「緑の元素騎士、サフィニア=ビリジャンと申しますわ。よろしくお願いいたしますわね」

「お……おう……」


 深い緑の髪と瞳は、隣国メタリアの皇族色。彼女サフィニアは品よくお辞儀をし、モルガの手を取る。


「モルガナイト様。わたくしの精霊は、どのようなお方でしょう?」


 モルガは、ジッと、彼女の背後に立つ精霊を見つめる。すると、その男はギロリと鬼の形相で、モルガを睨み返した。


 思わず「ヒィッ……」と、モルガは声を漏らす。


「どうか、なさいましたか?」

「ワシ、気に入られとらんみたいで、ぶち睨まれとるんじゃ……」


 あらあらまぁまぁ……と、サフィニアが目を細め、笑った。


 気を取り直して、モルガはサフィニアの従順な精霊の特徴を答える。


「えぇっと……見た目は……長い白い髪に、目の色は金。浅黒い肌。両腕と両腿に、なんかこう……蔦みたいな黒い入れ墨があって……厳つくてばり怖ぇ……」


 部屋の中で、ざわめきが起こる。


「ふむ、それでは。オレの後ろの精霊は、どんな者たちなのだ?」

「男女です。えーっと、青い髪と目で、髭はやした爺さんと、濃紺の髪と紫の目の、若いねーちゃん」


 ざわめきが酷くなり、再度、チェーザレが「静粛に」と叫んだ。


「ふむ。なるほどなるほど……これはなかなか、興味深い」


 チェーザレとは対照的に、怒りを隠すことなく、先ほどの老齢の男が口を開く。


「貴様、青い髪と瞳が、何を意味するか知っておるだろう。仇敵アレイオラの皇族が、光の精霊機デウスヘーラーの精霊だと申すか!」


 そう言われてものぉ……と、モルガは件の光の精霊たちを観察する。


 当の本人、青い髪と目の爺様は、怒り狂う男を、小馬鹿にするように指をさして笑ってるし、女性の方は興味ないのか、あくびをかみ殺している。


 これは、言わんほうが、絶対賢明じゃろうのぉ……。と、モルガは内心、ため息を吐いた。


「して、記録の照合はどうだ? 確か、遥か昔のデメテリウスの操者が、精霊を見た記録が残っているのだろう?」


 チェーザレが、末席の男に問う。生真面目そうなその男は、目を輝かせてチェーザレに答えた。


「素晴らしいです。証言、デメテリウスの記録と一致しております。また、デウスヘーラーの中で、「若い女性の声をきいた」という証言の中に、一部「老人の声だった」という矛盾した証言が記録に残っておりましたが、二人いるというのなら、納得です」


 ユーディンが、ぱぁッと、表情を輝かせる。チェーザレも、満足そうにうなずいた。


「精霊機の中の精霊は、騎士でもなければ知られていない話。ましてや、精霊の容姿を事細かに説明できる者など、我が国の騎士の中には皆無……にもかかわらず、細やかな証言の一致。これで、この者が、『千年に一度の伝説級A+++』の操者であることが証明された……と、みなしてもよろしいでしょうか? 宰相殿」


 苦い顔の男は、忌々しいとばかりに、ギロリとチェーザレを睨む。


「まぁ、貴方が推挙したギード=ザインの面子を潰した上での叙任なので、面白くはないでしょうが……」

「五月蠅いッ!」


 宰相の怒りに火に油を注ぎ、その注いだ当の本人は、さして気にした様子もなく、さて、と場を取り仕切った。


「改めまして、叙任式の続きをしましょう」


 モルガがユーディンに跪き、ユーディンはゆっくりとした動きで豪奢な椅子から立ち上がる。


 杖に隠されたあの剣ではなく、儀式用に用意された金の剣をモルガの肩に載せ、ユーディンは凛とした声で儀式の言葉を高らかに言った。


「モルガナイト=ヘリオドール。新たな騎士に、神の加護を!」


 ユーディンは、モルガを立ち上がらせた。この後、ユーディンがモルガの右手に、祝福の接吻をすれば、儀式は終わる。


 ──ハズ、だった。


「!!!!!!!」


 一同、ユーディンの予想外の行動に凍り付く。


 何を思ったか、ユーディンはそのまま少し屈んで、モルガの口に、正面から口づけをした。


「祝福! 口移しだから、きっと効果倍増だよ!」


 にっこりと、満面の笑顔爆発のニ十歳児に、モルガは真っ青になって硬直し、チェーザレは口を押えて一生懸命笑いを堪え、ルクレツィアは目を見開き、ステラは隠すことなくあんぐりと口をあける。

 他の者も、似たような顔で固まっていた。


 唯一サフィニアだけが、「あらあら……」と、微笑ましく思っているようで、一人ニコニコと笑っている。


 どう! と得意げなユーディンに、チェーザレが、「最高!」と声を出さずに口を動かすのを、モルガは見逃さなかった。


(あんたの入れ知恵かぃッ!)


 チェーザレの言っていた「イイコト」が、仮面ではなく、この事・・・だとモルガは察する。


 動揺が止まらないモルガは、足の力が抜け、その場に座り込むしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る