第7章 崖っぷちの統治者

 シャッ──という音と同時に、サァッと眩しい朝日が差し込んだ。


「ん……なんじゃ……」


 モルガは眩しさに、柔らかい布団に潜り込んだ。しかし、容赦なく布団をひっぱがざれ、モルガは致し方なく目を開く。


 白服の元素騎士がニヤニヤと妙な顔で、こちらを見ていた。


「ふあぁ……なんじゃもう……」


 モルガは大きなあくびをし、ごしごしと目をこする。


「お前たちに、そのような趣味・・・・・・・があったとはな」

「んぁ?」


 何の事じゃ……と、睨むモルガに、相変わらずニヤニヤと不気味な笑みを張り付かせたチェーザレが、モルガを……いや、モルガの隣を指さした。


 モルガの左側、自分に擦り寄るように、皇帝ユーディンが眠っている。


「………………」


 ……何で、この人がワシの部屋におるんじゃ……? と、モルガは昨夜の出来事を思い出し、此処が自分の与えられた部屋ではないことを理解。


 思わず、モルガの顔面の血の気が引いた。


「ぅん……」


 皇帝陛下は寝返りをうつも、布団を引っぺがされようが気づいた様子もなく、すやすやと気持ちよさそうに眠り続けている。


 というか……そんな事よりも……なんでッ!


「うえぇえぇぇぇえええええええ!」


 何故か自分が真っ裸で寝ていたことに、今になってようやく気付いたモルガの悲鳴が、朝っぱらから木霊した。



  ◆◇◆



「ったく、勝手に部屋に入って来ないでって、言ってるでしょう?」


 寝起き不機嫌な皇帝陛下は、チェーザレにぶつくさと文句を言いながら、寝台の上で服を着替える。


 ゆったりとした衣服で隠され、なかなか気づけないだろうが、昨日の剣術も腕も納得で、全体的に細い印象はぬぐえないが、しっかり引き締まった筋肉が、彼の日頃の努力・・を物語る。


 寝る前にモルガが直した義足を装着し、ユーディンは軽くぴょんぴょんと飛び跳ねて、付け心地を確認した。


「っちゅーか、なんでワシゃー、ひん剥かれとんじゃ……」


 涙目で毛布に包まり、芋虫状態のモルガが、抗議の声をあげる。


「だって……君、最後のほう、眠気に負けて、服に義足の潤滑油ひっくり返したじゃない……」


 オイルまみれの服で、ベッドに入ってほしくなかったんだもーん。と、作業を終えたとたん、床でいびきをかき始めたモルガを、寝台まで抱えて連れて行った──という、そこまでモルガが大柄ではないにせよ、義足の体で大の男を抱え上げることができる立派な体躯をお持ちの皇帝陛下が、精神年齢同様、子どものように、ぷぅッと頬を膨らませる。


「……ワシとしては、そのまま、床に転がしといてもらっても、良かったんじゃが……」


 実家の雑魚寝状態の普段より、むしろ上等な床だ。ふかふかの絨毯が敷き詰められて、体が痛くなることもなさそうだし。

 もっとも、油の付いたままの服で寝返りをしてしまうと、寝台でなくとも、確かに汚しそうではあるのだが……。


「そんなことよりも、どうして貴様が此処に居る」


 言葉だけなら、もっともなチェーザレの発言ではあるが、彼の声には笑いが含まれ、これはむしろ、完全にこの状況を面白がっている様子だ。


「それは……」

「いや、足が壊れてる事に気がついて、ボクがこっそり呼びに行ったの」


 え……と、モルガが目を見開く。当の皇帝陛下は、モルガに向かって小さくウィンクをし、「昨日の事は、ナイショね」と、目で訴えた。


「お、おう……そうじゃ」


 モルガの声が、ひっくり返りそうになりかけたものの、「そうですか……」と、チェーザレは、あっさりと納得。


「謁見の際、随分と気に入っておいでのようでしたし、私はてっきり、陛下が一人で寝るのが寂しくて、同衾されたのかと……」


 ブッ……。モルガがふきだしてベッドに突っ伏す。


「ぼ……ボク、もう子どもじゃないもんッ!」


 同衾の意味を添い寝するという意味で素直に受け取ったか、はたまた言葉自体を理解していないのか……悪意ある元素騎士の言葉に対し、ユーディンは無垢に涙目で反論。さらにこれ以降も似たようなやりとりを繰り返し、モルガは、双方の言葉でひたすら心にダメージをくらいまくって、ベッドに轟沈した。



  ◆◇◆



「で、本当のところは、どういうことだ?」


 チェーザレがモルガの服を調達しに部屋を出ている間に、ユーディンは公務に向かった。

 彼の持ってきた服に袖を通し、モルガもようやく立ち直ったところで、チョイチョイと手招きをしながら、チェーザレが凄みのある顔でモルガを問い詰める。


「……えっと」


 なんじゃ、この振出しに戻った感は。モルガは、なんとかはぐらかそうと一生懸命言葉を考えている間に、チェーザレはどんどん、先手を打ってくる。


「めんどくさいからあの場は流してやったが、そもそも、陛下程度の人間が吐く、ちょろい嘘がオレに通用すると思うな」


 めんどくさい……流してやった……程度……ちょろい……不敬にもほどがある台詞のオンパレードを吐きながら、元素騎士は、白旗状態ホールドアップのモルガに詰め寄る。


「さあ。吐け。とっとと吐かんか」

「わ……わかった。わかったって!」


 モルガは内心、ユーディンに土下座しつつ、あっさりと白状した。

 無理。この人相手に誤魔化し通すの、絶対無理。


「何者かに襲われた? ……陛下と、貴様がか?」


 意外と早かったな……と、引っかかる言葉を語尾に付け、チェーザレは考え込むように腕を組んだ。


「早いって……」

「あぁ。「可能性」の話だ。貴様は「騎士でもないのに精霊機の操者に選ばれた」人間だ。精霊機の操者を目指して騎士になった者は大勢いるし、己を鍛え、高めている。それなのに、何の脈略もなく、ポッと出の貴様にあっさりその座を奪われた連中の、プライドとメンツはガタガタだ」


 それに……と、チェーザレは続ける。


「少なくとも貴様は、ギード=ザインの恨みは、間違いなく買っている。奴から操者の座を、「無理やり奪った」に等しいからな」

「あれは……あの時は……」


 夢中じゃった。


 そんな時に、ルツが現れ、事態を収拾する方法・・を、モルガは教えて貰ったに過ぎない。


 というか、モルガにとっては、『その場限りの話』のつもりだった。


「本来、精霊機の操者は、三等騎士リイヤ以上の身分の騎士の中から、精霊機と「相性」の良い者を選んできた。というか、相性が良くないと、動かすことすら、できないからな」

「それは……」


 相性が良いというよりは、精霊機の方が、「好き」だったり、「守りたい」という人間を、選ぶのではないか……。

「ハデスさん」と「へパのあんちゃん」、そしてルツを見て、モルガはそう、感じている。


 モルガはルツの声しか聞こえないが、「ハデスさん」はルクレツィアに献身的で、例え見たり、話したりできなくとも、ルクレツィアを守るために、必死だった。


 火山で主に刃を向けた際、主を変えたルツを除き、あの二人は、とても、辛そうにしながら、主と闘っていた。


「たまに、「精霊機の中に、自分以外の、誰かの気配を感じる」といった報告や、「知らないい人間の声が聞こえた」という記録は、ごくごく稀に報告されてはいたが、貴様のように、精霊機の精霊と、がっつりコミュニケーションをとり、なおかつ自分の属性外の精霊まで視認する例は、ほぼ無いに等しい。我が帝国フェリンランシャオの記録に限っては、皆無だ」


 はぁ……と、チェーザレはため息を吐く。


「そんなわけで、だ。帝都に入ったその日のうちに命を狙われるとは、今後も貴様は、間違いなく狙われるだろう」


 人気者はつらいなぁ。と、ニヤリと嫌味ったらしい笑みを、チェーザレはモルガに向けた。


「……んじゃ、陛下は?」


 モルガは、鼻の頭の切り傷を思わず触る。


 あの時、賊は、確かにモルガとユーディンを見て、「まとめて始末する」と言っていた。

 ユーディン自身も、自分が狙われている自覚があるような事を言っていたし、月夜の下で、最初に会ったとき……。


「君、一体どちら側・・・・?」


 あれは、モルガに対し「自分を殺しに来たのか」と、尋ねたのではないかと、今なら理解できる。


「あぁ、あの方への暗殺未遂は、今に始まったことじゃないからな」


 あっさりと、チェーザレは認めた。


敵国アレイオラからの刺客も中にはいるだろうが、あの方は重臣方の目の上のたんこぶ・・・・・・・・だからな」

「な……」


 まさか、犯人が国内の人間とは思わず、モルガは目を見開いて驚いた。


「なんでじゃ!」


 ユーディンは、確かに、少々難はあるが──何も殺されるような人間では、無いように思える。


「そもそも、連中は陛下の生まれが気に入らないのさ。陛下のお母上は、トレドットの貴族で、皇族の血も引いてる高貴な方だ。しかし、今は亡き、堕ちた国の皇族の血は不吉だというのが、連中の考え。オレも散々見下されて、心底頭にきている」


 プライドの高い、トレドット皇家直系の元皇子様が、ブツブツと恨み言を呟き始めたので、モルガは話を戻そうと、そっと続きを促した。


 むっすりと不機嫌そうに、チェーザレが続けた。


「とにもかくにも、奴らの行動は酷いものだ。陛下の母上をヴァイオレント・ドールVDの事故に見せかけて暗殺し、その際、陛下も両足を失った。皇后が亡くなり、前皇帝──陛下の父上に、古い貴族フェリンランシャオの娘を後釜に添えて、ユミル様弟君が生まれたところまでは連中にとっては万々歳だったんだが、誤算だったのは、ショックで精神障害を負った陛下が、ナントカと天才は紙一重──げふん、元がよかっただけに、それだけでは、前帝にとって廃嫡にする理由にはならなかった事だ」


 それで、それ以降、何度も暗殺を仕掛けて来ては、こちらも全力で防ぎ、未遂に終わって現在に至る。

 地味にきわどい暴言が混ざってるような気がして、聴いてるモルガは、背中に冷や汗が流れた。


「とにもかくにも、貴様や陛下を狙う連中は、そういう連中だ。覚悟を決めて……ん……?」


 突然、チェーザレの言葉が切れ、彼は何かを考え始めた。


「ど、どうしたんじゃ?」

「んー……いや、ちょっと、イイコトを、思いついたかなぁと……」


 ニヤリ……彼の邪悪な笑みに、思わず、モルガは背筋が震えた。

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