第9章 チェーザレの策略

「どぉーいうことじゃぁ!」


 場所をユーディンの私室に移動したものの、再度怒りを爆発させたモルガは大声で叫ぶ。


「お、落ち着いて欲しいな!」

「貴様、意外と短気だな」


 諸悪の根源その一その二ユーディンとチェーザレが、怒り心頭のモルガに対し、反省することなく好き放題言っている。


「そがぁーな事すりゃ、怒るわッ! よりによって、あの子の前で……」


 思わず口に出て、ふと、モルガは首をかしげる。


 脳裏に、ルクレツィアの顔がよぎるが──はて、どうして、ここで彼女の事が気になり、こんなに自分は動揺しているのか。


「あの子って、誰?」

「ほう……あらかた対象人物は絞られるが、なかなか気になる発言だな……」


 ハッとモルガは顔をあげる。


「違う! 話は終わっとらんッ! 逸らすなッ! そもそも! 何をたくらんどるんじゃ」

「えぇっとね……」


 ユーディンがおろおろと答え、チェーザレが補完するよう、続けた。


「あのね、君が、「ボクのお気に入り」だって、みんなに広めたかったの。そうすれば、ね。この間の夜みたいに、君を──いや、君の「家族」や「親しい人」含めて、ある程度は守れると思ったの」

「貴様が元素騎士の座を奪ったギード=ザインは、宰相ベルゲル=プラーナの子飼いでな。条件はギリギリ満たしてはいるものの、大して素質があるわけでもないのに、奴の意向で、元素騎士の座に居座ってたワケだ。それはそれは、貴様は宰相殿に恨まれているだろうなぁ」


 だから、君は、自分の身を守るために、ボクの威を、全力で借りればいいんだよ……と、ユーディンが申し訳なさそうに微笑む。


 予想外の、二人の真面目な話の内容に、思わずモルガは沈黙。

 

「まぁ、実のところ、宰相殿は陛下の命を狙っている黒幕だから効果は薄いが、貴様を一般人と見下している、弱小貴族どもや、貴族出身の騎士どもの牽制にはなるだろう」


 ブッ……モルガが噴き出す。


「犯人わかっとるんなら、何故に捕まえるなり罰するなりせんのじゃ……」


 ユーディンがはぁ……と、ため息を吐いた。


「それがさぁ……こっちも弱み、二つほど握られちゃってるんだよねー。バラされたら、それなりにヤバい奴」

「故に、こちらも下手に動けないのだ」


 忌々しいことにな。と、チェーザレ言う。


 言葉にはしないが、「内容は訊くな」と、二人の目が語っているので、モルガは尋ねなかった。


「ああ、でも、一つは知っててほしいかな……公に話したことはないけど、みんな薄々気づいていることだし、たぶんそのこと・・・・で、君には迷惑かけちゃうだろうし……」


 ユーディンはじぃっと、真面目な顔で、モルガを見つめた。


「モルガ……あのね……?」



  ◆◇◆



「本気……ですか?」


 唖然とするルクレツィアに、もちろん。と、サフィニアは答える。


「かつて、ミュラー公の御息女が起こした事件。そして、それが原因で、わたくしと陛下の婚約が破談になったこと。……なんとなく皆様、陛下が「女性恐怖症」って事、知ってらっしゃるでしょう? 中には「男色」とまで言う、心無い方もいらっしゃいますけれど……」


 ミュラー公息女アーマリエ。

 自ら玉の輿を狙ったとも、成り上がりたいと思っていた父親に唆されたとも、宰相の息のかかった者に雇われたとも言われているが……彼女は何を思ったか、大胆にも当時十二歳のユーディンの寝所に忍び込み、義足を取り上げ、動けない彼に、無理矢理肉体関係を迫った。


 彼女は数日後、病死したことにされてはいるが──実際は、混乱したユーディンが、その場で彼女を斬り殺してしまい、以降、女性への恐怖から、ユーディンはメタリア皇女サフィニアとの婚約を解消。寝所を含めたプライベートスペースに、騎士や女官、侍女を含めた女性を一切・・近づけることはなくなった。


 元素騎士であるこの三人──ルクレツィア、ステラ、サフィニアも、もちろん例外なく、先ほどのような儀式や会議の場でしか、ユーディンと会うことができない。


 彼女アーマリエ自身、女官見習いとして宮殿への入城自体は許可されていたとはいえ、許可されていない皇族の住居スペースへの迷いの無い侵入など、手際の良さから協力者の存在が間違いなく疑われているが、それらしき人物はいまだわからず、父であるミュラー公は以降、貴族の地位を剥奪されている。


 帝位につき五年。齢二十になった現在も、ユーディンの妃の座は空席である。


 チェーザレの下した命令は、その「暗黙の事実」──さらには心無い男色の噂を逆に利用して、「デマ」を意図的に流し、モルガの身を守ること。

 幸か不幸か、先ほどの陛下の暴挙キスが、さらにそのデマの信憑性を高め、尾ひれを付けるだろう。


 はぁ……と、ユーディンと同じ色の瞳を細め、ステラがため息を吐く。


「モル君、また怒るでしょうねぇ……」

「………………」


 何と言って良いものか……ルクレツィアは無言で、頭を抱えることしかできなかった。


「そういえば……話は変わるのですが」


 ポンッと、マイペースにサフィニアが手を打つ。相変わらず、マイペースだ。


「ステラちゃん。チェーザレ隊長から聞きましたけど、確か、『彼』と何か、約束、したんじゃありませんでしたっけ」

「……あー」


 忘れてた……。思い出したステラが、ズルズルと座り込む。ルクレツィアは、「あぁ……」と、うなずいた。


「アレか」

「アレよ。「もし貴方が精霊機の操者になってくれたら、帝都一番のVD技師を紹介してあげる!」ってヤツ。あーそうだった……兄様に連絡入れるの、完全に忘れてた……」


 あの時、ステラは身近なVD技師である、兄を紹介しようと考えていた。

 フェリンランシャオ帝国、第五整備班を率いる、若き班長、ソル=プラーナ。

 しかし、やや難有りな性格の兄を、まずは、どう攻略するか……。


「まー、彼にとっては災難他ならないし、ちょっとくらいはお詫びも込めて、協力しなきゃね……」


 そんなわけで……と、ステラはサフィニアの柔らかい手を、がっしりと握る。


 サフィニア=ビリジャン。愛機である緑の精霊機デメテリウスを『結納品』として引っ提げてきた、規格外のメタリア皇女にて、フェリンランシャオ帝国皇帝、ユーディン=バーミリオンの『元』婚約者。


 事情を察した彼女は、ユーディンとの婚約を破棄。代わりに、「私が見定めたお方と結婚させていただけるのであれば、『この国』に嫁ぎ、骨を埋めましょう」と、そのまま元素騎士として、この国に滞在している。


 そして、その彼女が認めた夫……それは──。


「お願い! お義姉ねえ様! 兄様の説得、手伝って!」

「もちろんですわー」


 フェリンランシャオ皇家の血が流れ、宰相ベルゲル=プラーナの縁戚とはいえ、彼自身、さして高位の貴族でも、ましてや騎士でも官僚でもない。

 彼女の夫……それは、気難しくて偏屈な、一人の若いVD技師だった。

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