第25話 ノーフェイス・8(完)


-14-




 揺り起こされる。

 瞳を開くと、“顔無し”が覗き込んでいた。

 うーうー、と唸っている。

 それから、ドアをノックする音が響いていた。

「……屍体が届いたのか」

 一人呟いて、ソファから置き上がった。

 



 屍体を受け取り、作業を開始する。

 横で真剣に見つめている“顔無し”を見ずに、声を掛けた。

「お前の顔を作ってやるよ」

 届いたばかりの屍体。

 死因は何だろうか? 恐ろしく状態のいい屍体。

 死にたて、のようだ。

 その顔の皮を剥ぐ。

 他の部分の皮膚も使って、仮面を作った。

 『葬儀屋』の手際の良さに、“顔無し”が拍手を送ってくる。

 苦笑が浮かんだ。

 彼らも、自分の医療技術に惜しみない賞賛を送ってくれた。

 最後に、自分たちを殺す筈の、若い医者の腕に。

 仮面を作成し、安定させるための薬品に浸す。

「出来あがるのに三日ほど掛かる」

 椅子に座りながら、言った。「それまで待っていろよ」

 三度、手を掴まれた。

 “顔無し”の指先が文字を綴る。

 有難う、の言葉だ。

 それに笑みで答える。

 ふと、思い付いた。

「“顔無し”」

 不思議そうにこちらを見つめる気配。

 尋ねる。

「これから、どうする?」

 困ったようだ。

 “顔無し”は軽く首を傾げる。

「行く場所…無いだろう?」

 肯定の動き。

 なら、と、『葬儀屋』は言う。

 珍しい種の笑みが浮かんだ。

 少しばかり弱い……だが、確かな笑み。

「ここに居るか?」

 答えは勿論、肯定の動き。




 そして、奇妙な同居生活が始まった。




-15ー




 450階層。

 その階層は、ひとつの屋敷を中心に広がるように構成されている。

 400代の階層を、ほぼすべて支配する男爵の屋敷によって、構成されているのだ。

 男爵は人嫌いで有名である。

 権力者に取り入ろうとする客は多いが、その殆どは門前払いを食らわされていた。

 だが。

 その日は、一人の男が応接間に案内されていた。

 男爵と対面する位置に座った男に、男爵が問い掛ける。

「あの男が子供たちの一員だとは驚いたよ」

「…だろうな」

 対面する男が低く笑った。「さほど重要箇所に位置するために作られた子供でも無いし、記録的には既に死亡扱いされている筈だ」

 男爵は軽く顔を上げ、高い天井を見上げる。

 男爵と言う名の人物が住むに相応しいようにか。

 この屋敷は、豪勢かつ古風である。

「聖母の子供たち…か」

 男爵が、嘲るように言った。

 顔の向きを男に直し、笑う。

「巧い言葉を考えるものだね、外の世界の輩も」

 男の反応を確かめつつ、男爵は言った。

 ゆっくりと、笑みを混ぜて。

「たんなる、人工的に受精された赤ん坊なだけだろう?」

「結論から言ってしまえばそうだ」

 男が頷いた。「少しでも優れた能力を持つ子供を作り出す計画……最終的には、人類を超えた存在を作り出すのが夢だったらしいが」

「神でも生み出す気だったのかな」

 さてね、と男が笑った。

 神など居ない。

 そう言わんばかりの笑顔だった。

「ところで、『葬儀屋』はどんな目的に作られた子供だったんだい?」

「両親が医学者だった」

 とん、と、男の指先がテーブルを叩く。「十代のうちに、彼自身も医者を名乗るようになっていた」

 だが、と、男は言い淀んだ。

「実験的に作られた街の住人たちに感情移入し過ぎて、街ごと始末された」

「…住人?」

「犯罪者とその子孫だ。Dランク以下の人間として、いつ処刑されてもおかしくない存在として扱われていた」

 そして。「…彼はAランクの人間だった。彼らを虫けらのように殺す権利を持っていた」

 厳密に言えば。

 『葬儀屋』は街の住人を滅ぼした後、姿を消した。

 自殺とも騒がれたが、結局、彼は名前も過去も捨て、この街に居たのだ。

「…『葬儀屋』が『葬儀屋』を名乗る理由がその辺りにあるのかな」

「さぁ」

 男は相変わらず曖昧な笑みを浮かべる。

 語る必要は無い…と判断しているのかもしれない。

 これだから外から来た人間は嫌いだ、と、人嫌いの男爵は思う。

 さて、と男が口を開いた。

「男爵殿。これから、あの男をどう扱う気だ?」

「何もしない」

 簡単に答える。

「何もする必要は無い」

 男爵は笑う。「街が不必要と判断したのなら、『葬儀屋』程度の存在はゴミと同等に消される」

「街が判断すると?」

「この街の本当の支配者は、街自身だ」

 最上階は天国に通じると言う。最下層は地獄に通じると言う。

 すべての伝説が失われつつある現実に置いて、今尚残る、最後の伝説の場所。

 それが、この階層都市だ。

「なんせ、この街は、神にも悪魔にも通じているのだから」

 天国と地獄の狭間に存在する階層都市。

 誰も好きには出来ない場所だ。

 ここを楽園と呼ばず、何処を楽園と呼ぶ?

 男爵は、そう思う。

 ……男は何も言わなかった。

 ただ笑った。

 男は笑みのまま立ち上がる。

 横に置いていた帽子を胸に当てて、唇の両端を釣り上げる笑み。

「それなら、街の判断に任せよう」

 俺は帰るとする、と男は言った。

 仮面のように笑みを張り付かせた男の顔。

 ……左目を貫くように、紅い傷跡が走っている。

 そして。

 男爵は、男の顔を見る度に思い出す。

 『葬儀屋』を。

 あまりにも、その顔が似ているからだろうか?

 うりふたつ……と言ってもおかしくない。

「それでは男爵殿」

 気障ったらしく一礼し、男は、言った。「兄を宜しく頼む」

 もう二度と会う事も無いだろうが、自分たちは両親を同じにした存在。

 決して仲は良く無かった。それに…もう、絶対的に嫌悪されている。

 それでも、たった二人の肉親だ。

 ……男は帽子を被ると、応接間の出口に向かって、ゆっくりと歩き出した。

 ……ロングコートがひらりと揺れる。

 その下に、男は、軍服によく似た服を身に付けていた。

「――最後に」

「………?」

 男爵に呼びとめられて、男が振り返る。

 男爵はそちらを見ぬまま、言った。

「“顔無し”は、“葬儀屋”を探していたらしいね。しかも、誰かに聞いて、だ」

「…………」

「誰かとは……誰だろうか」

 男は何も答えなかった。

 ただ、顔に刻んだ笑みを幾分強めただけだ。

 男爵はそれ以上何も言わない。

 ……男は、今度こそその場を立ち去った。




-16-




「殺人鬼が店番なんて洒落てるわねェ」

 ハヤテは何だかんだ言って、“顔無し”が気に入ったようだ。

 店に遊びにくるたび、きゃらきゃら笑いながら、働く“顔無し”をからかって遊んでいる。

 いや。

 “顔無し”と呼ぶべきなのだろうか。

 『葬儀屋』に与えられたデスマスクを身に付けた青年は、今は、屍体の顔と言えど、明確な顔を持っている。

 本人が何も言わないものだから、『葬儀屋』はあえてその名で呼び続けていた。

「“顔無し”」

 ハヤテを無視して呼び掛ける。「出掛けてくるから、店番頼む」

 うー、と、呻き声での返答。

 いつか、声帯部分も治してやろう、と、その声を聞くたびに思った。

 言葉による会話も、楽しそうだ。

 化け物そのものの外見と裏腹に、“顔無し”は頭の良い青年だった。

 間違い無く……彼も子供たちの一員なのだ。

 会えば分かる…と、昔、子供たちの世話役だった人が言っていたが、確かにその通り。一目で“顔無し”が子供たちの一員だと分かった。

 どこかで繋がっているのかもしれない、と、ぼんやり考える。

「ナイツが来るはずだから、屍体だけ預かっておいてくれ。金は後で届けるから、と」

「“顔無し”に伝言なんて出来るの?」

「ナイツ、最近、先生から文字を習っているらしい」

「アラ、お利口さん」

 アタシも習いに行こうかしら、と、ハヤテは笑った。

 『葬儀屋』は何も言わなかった。

 ただ、ぐるりと店の中を見回す。

 壁際の棚に入っている生体パーツは、近々、警察の方に渡すものだ。

 一人知り合いが居ると、そのツテで仕事が回ってくる。

 腹に白い恋人を抱いた彼は、元気でやっているらしい。

 ただ、最近、ナイツたちのゲームを取り締まろうとしている……との噂が気になった。

 両方とも上客だ。お互い、生き残ってくれると嬉しいけど。

 動いた視線の先、花瓶が目に入る。

「ああ、“顔無し”、ついでに花瓶の水も変えておいてくれ」

 花瓶に活けられた、両手いっぱいの白い花。

 この街にとって、天文学的価値の貴重品だと思う。

 動き出した“顔無し”が、花瓶を胸に抱くのを見てから、『葬儀屋』は歩き出した。

 ドアを開くと同時に、室内に置きっぱなしだったラジオから音楽が聞こえた。

 愛らしい少女の歌声が、途切れ途切れに届く。

 音楽の神に愛された少女の声だ。

 『葬儀屋』は薄く笑う。

 そして、その笑みのまま、外へ――街に向かって、一歩、踏み出した。




 最上階は天国に通じ、最下層は地獄に通じると言う。

 その狭間に存在するこの場所は。

 現実世界、最後の楽園。

 



                    “RE-ANIMATOR”

                          All Close……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る