第19話 ノーフェイス・2



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 最近、街に奇妙な殺人者が現れる。

 最上階は天国へ通じ、最下層は地獄へ通じると言うこの街では、人の生命は水よりも易く消費された。

 だが。

 犠牲者をその場では殺さず、顔の皮を剥ぐと言う行為は、猟奇好きの人々の好奇心を充分に刺激した。

 犠牲者の殆どは、生きながら顔の皮を剥がれると言う行為に耐え切れず死亡している為、一応は殺人と見なされている。

 どうやら殺人者の目的は、『顔の皮を奪う』事だけに集中しているようであるが。




「『葬儀屋』の知り合いが犯人って事、無いの?」

 額に奇妙な刺青を入れた少年が、テーブルの上に腰掛け、足をばたばたさせながら問うた。

 『葬儀屋』は無言。

 少年が、店に持ち込んできた屍体の状態を見るのが忙しい。

 ちぇ、と少年は不満そうに舌打ち。

 少年は、答えてくれない『葬儀屋』を無視し、己が腕に嵌めた腕時計状の機械を操作している。

 少年がとあるゲームに参加している証。

 そこに刻まれる少年の価値が、どれほどのものか……『葬儀屋』には分からない。

「ナイツ」

 『葬儀屋』は少年の名を呼んだ。

 騎士と言う意味の名を選んだ少年は、「ん?」と声を上げて、『葬儀屋』を見た。

「2500…って所だな」

 手についた血を振り払いながら、『葬儀屋』は屍体の値段を口にする。

 少年は、少しばかり不満の色をその顔に覗かせた。

「もう一声…って言ったら、怒る? 『葬儀屋』」

「怒りはしないが、他を当たってくれ、ぐらいは言わせてもらおうか」

 『葬儀屋』は屍体に視線を下ろす。

 二十代の男。少年と同じような刺青が、剥き出しになった腹にあった。

「年齢は問題無いが……少し腐っているな。もう少し早ければ…な」

「ちぇ」

 少年は舌打ち。「2000でいいよ。ただし、残りの500で買えるだけの腐敗止め頂戴」

「5本だな」

「いいの? 多くない?」

「サービスだ」

 『葬儀屋』は少年の目を見て、片目を細めるように笑った。「今度ともご贔屓に」

 少年は、テーブルから飛び降りると、ますます幼く見える笑みで笑った。

 えへへ、と、声に出して、笑う。

「ぼくが生きてる限り、贔屓にしてあげるよ、『葬儀屋』」

 金で2000。それと腐敗止め5本を受け取りながら、少年は、再び『葬儀屋』に問い掛ける。

 ねぇ、と、幼い声で。

「『葬儀屋』の知り合いに犯人居ないの?」

「犯人?」

「ほら、最近人気の顔剥ぎ魔」

「知らないな」

 少年は少し意外そうな顔をした。

 しつこく食い下がってくる。

「ねぇねぇ、ほら、『顔の皮買ってください』とか、売りに来なかった?」

「俺は顔の皮だけは買わないからな。他の店、当たっただろう」

 売るとしたら、だが。

 事件のニュースは『葬儀屋』も聞いていた。

 あんな乱雑に顔の皮を剥いでも、売れる訳が無い。

「売るとしたら…えーと、逃がし屋さんとか、整形さんとか?」

「まぁ、そんな所だ」

 逃がし屋は、逃亡の手伝いをするだけでなく、その顔や身体…もしくは性別さえをも手術によって変え、依頼人を逃がす事がある。

 ただし。

 『葬儀屋』は顎に手を当てた。

 無精ひげが残る顎を撫でて、思案顔。

「…ただ、顔の皮を剥いで貼り付けるより、皮膚の下に薬品打ち込んだりパーツ埋め込んだりする方が、確実で安上がりなんだがな」

「腐っちゃうものね」

 腐敗止めも安くないし、と少年は言う。

 腐敗止めを背中のリュックに片付け終え、少年は明るい笑顔を『葬儀屋』に向けた。

 昔の少年を知る身としては、この変化に驚く。

 生きる事に無感動に見えたあの少年が、『自分に価値を与える』行為を知った途端、これだけ生き生きし出した。

 人生、どうなるか分からない。

「じゃあ、ぼく行くね」

 またね、と少年は手を振って別れを告げる。

 店を出る前に、武器の確認をするのが、幼さから遠く離れた行為に思えた。

「またな、ナイツ」

 うん、と少年は振り返らずに頷いた。

 真っ直ぐ前を見る視線は、少年らしいものだ。

 ……そう思えて、少しだけ、『葬儀屋』は嬉しくなる。



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