第18話 ノーフェイス・1



RE-ANIMATOR

ACT.6【ノーフェイス】




-1-




 彼が覚えている最初の記憶は、何処か光に溢れた清潔そうな場所に居る事。

 そして、彼はそこでベッドに縛り付けられ、殺されかけているのだ。

 彼を殺そうとしている人物の顔はよく見えない。

 マスクと帽子で顔を隠しているのだ。

 殺される。

 その思考だけで脳味噌が一杯になった。

 殺される。

 自分は殺されるのだ。

 幼子のようにガタガタ奮え、彼は必死に生命乞いをする。

 が、まともな言葉が出てこない。

 ふぅん、と、自分を殺そうとしている人物が、彼からは見えない位置に居る誰かに声を掛けた。

 ――話せないのか、コイツ。

 男の声だった。

 答えたのは、女の声。

 ――顔だけあればよかったもの。余分なものは何ひとつ持ってないわ。

 ――残酷だな。

 ――シンプル イズ ザ ベストよ。お分かり?

 男は肩を竦める。

 マスクと帽子の合間から覗く瞳が、少しばかり哀れみの色を浮かべた気が……した。

 ――結局、その顔も要らないって言うんだろうが。

 小さく、男が呟いた。

 がちゃがちゃと音を立てて、男は幾つかの薬品瓶を取り出す。

 男は目に薬品瓶のラベルを近づけた。

 ――ええと…コレと……コレ……と。

 幾つかの薬品を選び出し、ベッド横のテーブルに載せる。

 それから、男は無遠慮に、こちらの顔に薬品瓶を向けた。

 ――まぁ、巧く行けば生きてるだろうさ。

 男は、喉の奥で低く笑った。

 何故か、何処か無邪気さを感じさせる不吉な笑みだった。

 ――もし無事に生きていたら、『葬儀屋』って男を捜しな。

 きっと、この世で唯一、お前を助けようとしてくれるさ。

 男は爆笑を堪えるように肩を震わせた後、手の瓶を、傾けた。

 瞳に、落ちる液体の映像が写った。

 直後。

 発声機能など無い筈の喉から、絶叫が迸る。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い………

 顔に当たる液体を何とか避けようともがくものの、縛り付けられている身には不可能。

 叫ぶ彼の耳に届いたのは、笑いを含んだ男の声。

 ――哀れだな、『顔無し』。まぁ、どうせ短い人生、楽しむんだな。

 男は瞳を優しく細めたまま、彼の眼球に薬品を、落とし込んだ。

 声無き絶叫の後。

 彼は、気絶した。




 目覚めたのは、清潔とは程遠い場所。

 ゴミ捨て場のような場所に、彼は埋もれていた。

 彼自身がゴミのようだ。

 彼は顔だけでなく身体全体に与えられた痛みに耐えつつ、腐敗臭を放つゴミ捨て場から這うように逃げ出す。

 顔。

 そうだ。

 自分の顔はどうなった。

 視界が狭い。どうやら、片目はもう視力を失っているようだ。

 不自由な視界で、手と膝だけで進む。

 ようやく顔を映せたのは、汚い水溜りを発見した時だった。

 彼は己が顔を水に映す。

 そして。

「――ぁあああぁぁああああぁあぁぁぁああぁぁ!!」

 声は不明瞭だった。

 ただ、絶叫に近いものでは、あった。

 化け物が居た。

 首から上は完全に焼け爛れている。

 毛髪どころか、ほぼすべての体毛が頭部には存在しなかった。

 鼻は削げ落ち、穴がふたつあるだけであり、唇もただのひび割れとなっている。

 片目は完全に閉じられ、もう片方の瞳も半ば潰れていた。

 それが、すらりとした成人男性の身体の上に乗っているものだから、恐ろしいほどグロテスクである。

 化け物。

 それ以外の形容がふさわしくない程の、醜さ。

 彼は必死に考える。

 化け物の顔を片目で見詰めながら、必死に、昔の自分の顔を思い出そうとする。

 だが。

 ……彼の過去は無い。

 彼の記憶に、己が顔は存在しなかった。

 この化け物の顔が、彼の顔なのだ。

 彼は、再び絶叫した。

 

 


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