第17話 ANGEL・4(完)
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少女が目を覚まします。
冷たい金属の感触が背中に感じました。
強張る身体を無理やり起こそうとすると、全身に激しい痛みが走ります。
思わず悲鳴を上げると、すぐ近くから救いの手が差し出されました。
その手を借りながら相手の顔を見上げます。
若い男の人でした。
右目の上に紅い傷跡がありますが、他は何の特徴も無い顔です。
ですが、少女は覚えていました。
自分の傍にいつも居てくれたあの少年と共に、自分の病室に訪れた青年です。
あ、と少女は声を漏らしました。
そして、驚きで瞳を見開いたのです。
少女は震える指先で自分の喉に手を当てました。
こえ…、と少女は呟きます。
そうです。
少女の声は元通りになっていました。
あの老婆のようなしわがれた声ではなく、天上の音楽と称された少女の声に。
少女は混乱し、きっと正解を知っているであろう青年を見上げます。
青年は小さく笑いました。
良かったな、元通りになれて。
少女はその言葉に、恐る恐る自分の手を見ます。
綺麗な白い手です。
指先を顔に当てました。
両目も、鼻も、唇も、耳も、彼女の頭部に存在しています。
すべてが元通りに。
どうして、と少女は問います。
青年が顎で少女の隣を示しました。
少女は示された方を見て、驚きのあまり、動きを止めました。
折り畳み式のベッドの上に、全身の皮を剥がれ、その上、筋肉や骨格を奪われた哀れな骸がその内臓を晒していました。
少女は、小さく少年の名を呼びました。
青年が頷いたのが分かりました。
少女の蒼い瞳から、涙が零れます。
少女は青年の手を借り、少年の骸に近付きました。
指先で触れた内臓はまだ暖かく、少女に少年が生きていた事を伝えてきます。
少女は纏っている白い服が汚れるのも構わず、腕を広げ、ありったけの少年の骸を抱き寄せます。
両手からあまった内臓たちが床に零れます。
少女の細い両腕では、すべてを抱きしめる事など不可能なのです。
それでも、少女は床に座り込みながら、少年の骸を抱きしめました。
伝言があるぜ、と青年が言いました。
全身を血で濡らし、青年を見上げる少女に、その伝言が告げられます。
青年は酷く優しく笑いながら、言いました。
歌って。
それが少年の伝言……いえ、遺言だと伝えたのです。
少女は腕の中の骸を見ました。
愛しい少年の姿が浮かびます。
少女は抱き寄せた骸にひと時、顔を埋めると、そっと天井を見上げました。
薄汚れた灰色の天井ではなく、今、この骸に宿っていた魂が向かっているだろう空の国を見るために。
少女の喉がひくりと動きました。
口が開きました。
その唇から、歌が零れ出します。
少年の魂に捧げる、鎮魂歌が。
401階層。
そこに生きる人々は、ふと流れてくる歌に耳を澄まします。
聞いた事の無いような優しく、そして切ないメロディ。
自然と浮かんできた涙を拭う事なく、人々はその歌声に耳を澄まします。
天使の声が、これから夜明けを迎える階層都市に響き渡ります。
“ANGEL”
close……
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