第15話 ANGEL・2



-4-



 少年は少女の身に起こった悲劇をお医者様から聞きました。

 少女は、複数の人間によって暴行を受けたのです。

 その行為は、少女の身体を破壊し、かつ、少女を生き延びさせるのが目的のようでした。

 少女が今のように苦しみ、嘆くのを期待するかのように。

 少女は。

 綺麗だった顔を無残に切り裂かれました。

 真っ直ぐに前を見詰め、優しく潤んでいた瞳を抉られました。

 すっと伸びた鼻を切り取られました。

 柔らかい曲線を描いていた薔薇色の頬を刺されました。

 ある時は顔よりも雄弁に少女の感情を現していた腕は、両方とも無残に砕かれました。

 背に翼でもあるようにかろやかに舞台上を舞っていた少女の足は、腱を裂かれていました。

 そして何よりも。

 音楽の神様に愛されたと誰もが思ったあの少女の声が、薬品によって完全に奪われていたのです。

 少年は少女の身に起こった悲劇に泣きました。

 どうせなら自分が代わりになりたかった。少年は心からそう思いました。

 自分ならば、顔が切り裂かれても、瞳が抉られも、手が折られても、足を失っても構いません。

 だけど、少女だけはそんな酷い目にあわせたくありませんでした。

 もう手遅れだと分かっています。

 それでも願わずにはいれませんでした。

 少年はお医者様に頼みました。

 お願いです。助けてあげて下さい。

 元通りにしてあげて下さい。もう一度、歌わせてあげて下さい。

 ですが、お医者様は哀しげに瞳を伏せました。

 そして、無理です、と残酷に、だけど明確に答えたのでした。

 少年は二度目の絶望を味わいました。





-5-





 少年は月に祈りました。

 徐々に姿を変える擬似の月に、必死に祈りを捧げたのです。

 お願いです。

 少女を助けてあげて下さい。

 身代わりが欲しいのなら、ぼくがいくらでも身代わりになります。

 あの百倍の傷を身体に受けても構いません。

 ですから、少女を助けて下さい、と。



 擬似の月は緩やかに姿を変えます。

 まん丸だった月が少しずつ欠け、やがて偽りの空から月は消えます。



 少年の寝床から見える空に、偽物の新月が訪れた頃。

 少年は寝床から立ち去りました。

 思いついたのです。

 音楽の神様に愛された少女。

 ですが、今の少女を見ていると、彼女はもう神様から見放されたのでしょう。

 なんとも飽きっぽく、そして残酷な神様!!

 少年はそう思い、神の代わりになる存在を捜し求めたのです。



 そう。



 神と対極をなす、闇に生きる魔物――悪魔を。





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