第10話 GAME・3(完)
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彼女と別れて、僕は寝床に帰った。
薄汚れた毛布に包まり、思考する。
彼女の笑顔。屍体袋。額の穴。男と子供。刺青。彼女の笑顔。端末。
そして、自分の価値。
僕の価値?
僕は毛布の中で自分の手を見つめる。
痩せた手だ。
何も奪った事が無ければ、何も産み出した事も無い手。
そして、きっとこれからも。
無価値。
僕は無価値か?
彼女の笑顔。屍体袋。『葬儀屋』。額の穴。男と子供。
屍体になれば価値はある?
刺青。彼女の笑顔。端末。
そして…自分の、価値。
僕は眠れぬまま思考の中を迷い続ける。
半覚醒の意識の中、彼女の笑顔だけが鮮やかで。
僕は、あんなに明るく笑えない。
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その日その日の雑多な仕事を僕は繰り返す。
自分の価値と彼女の笑顔。
僕の頭の中では、そのふたつがぐるぐる回る。
僕の仕事は、とある商店街の荷物運びだ。
小さな箱を角の肉屋へ。この瓶をいつもの薬屋へ。
この仕事は、僕じゃなくても出来る。
僕が明日唐突に消えても、他の誰かがこの仕事をするのだ。
僕の価値?
僕は、まだ価値など無い。
自分の価値。彼女の笑顔。
数日後。
僕は、人伝に聞いた情報屋の元を訪れていた。
ふたつの情報を、買う為に。
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帽子を目深に被り、僕は街を歩く。
458階。
初めて来る場所だ。
ちょっと前の僕ならば、多分、この辺りに来なかった。
新たな場所へ移動すると言う恐怖心から。
僕は、喉の奥で笑った。
新たな場所へ移動する恐怖を持ちながら、どうやって上層部へ登ろうとしていたんだ、僕は?
今の僕は、恐怖など無かった。
あるのは高揚感。そして、僅かな緊張。
どちらも、不快ではない。
むしろ、心地よかった。
僕は両手をジャンバーのポケットに突っ込み、足早に目的地を目指す。
一月前、僕が情報屋から買った情報。それがいまだ有効ならば。
彼女は、この458階に居る筈だ。
情報の回転が速いこの街で、一月前の情報はかなり古いもの。彼女とまた会えるなんて、ほんの僅かな確率だ。
でも、僕は彼女と会いたかった。
この一月の話をしたかった。
そうだ。
一月も掛かったんだ。
僕が、今の僕になるまで。
良く頑張ったな、と、この一月、僕を指導してくれた人も言っていた。
同じ言葉を、彼女の笑顔と共に、僕は欲しかった。
微熱で魘され続けた一月の間、何度も繰り返した彼女の住処への地図。
僕は迷うこと無く複雑な通りを抜け、彼女が一月前に寝床にしていた場所へと行き着く。
廃墟と何の変わらないビル。
そこが彼女の住処だった。
此処に来て、僕は初めて迷った。
その場に立ち尽くし、それから、自分の服装を確認したのだ。
僕だと分かってもらえるだろうか。ほんの数時間、一緒に過ごしただけの子供を、覚えていてくれているだろうか。
僕が迷っている間に、ビルの出入り口に人の姿が見えた。
男だった。僕より頭ふたつ分は大きい、若い男。
男はビルの出入り口前に突っ立っている僕を見て、面倒そうに顔を歪めた。
そして、顎でしゃくる。
避けろ、と言うのだ。
僕は素直に横に引いた。
男は満足げに頷くと、僕の目の前を通り過ぎる。
屍体袋。
男の背に、深緑の屍体袋が背負われていた。
寝袋と似たような形状の屍体袋。
その口から、鮮やかな金色の髪が、入りきらずに溢れていた。
僕は男の顔を見る。
身体に沿って視線を下げたのなら、目に入ったのは屍体袋を担いだ腕に彫られた刺青。
抽象的にして不可解。
でも、今の僕にはとても魅力的に見える、その刺青だ。
「――おい」
僕は帽子に手を掛けながら、男を呼び止めた。
男が面倒そうに振り返る。それより一瞬先に、僕の帽子がアスファルトに落ちた。
振り返った男の瞳が見開かれる。
僕は、既に銃を構えていた。
そして、僕の額には。
男と同じ刺青が、あった。
男が屍体袋を放り投げ、腰の銃を抜くより先に。
一月の訓練がモノを言ったのだろう。
僕が放った弾は、男の頭を完全に撃ち飛ばしていた。
転がる新たな屍体を前に、僕は新たな弾を充填する。
それから、軽く首を傾げた。
頭を吹き飛ばしてしまった。
少し、勿体無かったかもしれない。
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腕の端末に、僕の価値が刻まれる。
それを見ながら、僕は電話を掛けた。
彼女の部屋に、此処への電話番号が書いてあったのは、本当に幸運だ。
『――はい?』
何処か皮肉げな男の声が、電話の向こうから聞こえた。
僕は小さく笑ってから、いつかの彼女のように、言った。
「『葬儀屋』、お久しぶり」
ああ、と電話の向こうで、『葬儀屋』が頷いた。
多分、彼が浮かべている表情はあれだ。僕が彼と初めて出会った日に浮かべた表情。
憐れみ? 哀しみ? 喜び? 嘲り?
何でもいい。
『葬儀屋』は、今の僕の大切な取引先だ。
「屍体を買い取って欲しいんだ」
『状態にもよるな』
いつかと似たような会話。
僕は電話を持ったまま、足元のふたつの屍体袋を軽く蹴った。
屍体になれば価値がある。生きているときは別の意味の価値が。
はは、と僕は笑った。
多分、彼女と同じ明るい笑みで。
“GAME”
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