第8話 GAME・1


RE-ANIMATOR

ACT.3【GAME】




-1-



 最下層は地獄に通じ、最上階は天国に通じると言う。

 僕の住むこの街は、そんな伝説がある。

 地に深くうずめられた杭のように。天に突き刺さる塔のように。

 この街は、ずぅっと昔から存在する。

 幾つもの階層が有り、その階層それぞれに僕のような人間が住んでいる。

 此処は地上511階。

 1000階より上は一般人には立ち入る事さえ不可能の領域と思えば、かなり上側に存在する場所。

 だから、比較的に安全だ。

 油断さえしなければ、真昼間に街中で八つ裂きにされる事も無い。

 

 彼女に、逢うまでは。



-2-



「――ねぇ、ボク」

 ぶらぶらと街を歩いていた僕の耳に、彼女の声が届いた。

 見れば、彼女は道端に置いた寝袋のような袋の上に腰掛けている。

 彼女は自分の太腿に肘を付き、何処かいたずらっ子のような表情で僕を見ていた。

 小麦色の肌――多分、本当の太陽で焼いたのだ。街に落とされる、人口の太陽の光ではなく――と、明るい金色の髪。

 馬の尾のように結い上げられたその髪は、彼女が軽く笑い、小首を傾げた拍子に大きく揺れた。

 僕は瞬きし、彼女の姿をますます見つめる。

「そこのボク」

 彼女は右手を差し伸べ、僕を手招きする。

 その右手首に、大きな腕時計がはまっている事に、僕は気付く。

 腕時計にしては大きいし、妙にごついな、と思ったけど。

 彼女に手招かれるまま、僕は彼女に近付く。

 にこり、と笑い、僕を見上げる彼女。

 見たことも無いぐらい明るい表情。

 だけど、その顔の半分以上は、奇妙な刺青に彩られていた。

 抽象的にして不可解なその文様。見ているだけでくらくらしてくる。

「ねぇ、ボク、暇?」

「……?」

「おねーさんのお手伝い、する気ない?」

 お小遣いあげるから、と彼女は言った。

 お姉さん、と彼女は自分を示した。

 確かに、二十歳前後に見える彼女は、僕よりずっと年上だ。

「…手伝い?」

 お小遣いと彼女の魅力的な容姿が気になって、僕は話に興味を持つ。

 彼女はにこにこと笑ったまま、自分が腰掛けていた袋を軽く叩いた。

「これを運ぶのを手伝って欲しいんだ」

 そこで、僕はようやく気付く。

 彼女が腰掛けていた袋が、何であるか。

 屍体袋だ。

 その名の通り、屍体を入れる袋。

「実はね、もうひとつあって。さすがにふたつ運ぶのは難しいんだ」

 彼女は親指で自分の背後を示す。

 そこには、もうひとつ屍体袋が転がっていた。

 ただ、随分と小さい。

 多分…子供の屍体だ。

「…いくら、くれる?」

「300」

 彼女は明るい声で答えた。

 僕は頷き、今は雇い主である彼女に、尋ねる。

「何処まで運べばいいの?」



-3-



 子供の屍体が入った袋を担いで、僕は彼女の後ろを歩く。

「ボク、名前は?」

「…………」

 僕は無言で首を左右に振った。

 気が向くと名前を名乗る事もあるけど、今は気に入った名前は無かった。

 彼女は、ふぅんと頷き、「アマゾネス」と言った。

「……?」

「あたしの名前」

 彼女は半面以上に奇妙な刺青が走る顔を、ぼくに向けた。

 浮かんだ笑顔は、やはりとても明るい。

「いい名前でしょう?」

 女戦士って意味なんだよ、と彼女は説明してくれた。

 うん、と頷くと、彼女は嬉しそうに笑う。

 再び前を向いた彼女に背負われた屍体袋が、ゆらりと揺れた。

 僕は黙って彼女の後を追った。

 彼女はどんどんと複雑な道へと向かう。

 入り組んだ路地を抜け、街のあちこちにあるエレベーターで100階ほど下位層に降りた。

 その時、僕はまだ500階前後をうろうろした事しかなく、おっかなびっくり歩いていた。

 地上401階。

 彼女の目的地は、その階層の商店街のような区域だった。

 店なのかボロ屋なのか分からない建物が並ぶ中から、彼女は目的の店を探し出す。

 地下へ降りる階段。その階段横に、ネオンサインがやたら五月蝿い看板があった。

 黒地にピンクのネオンで描かれたのは、片目が溶け落ちたゾンビ。

 その悪趣味なネオンサインは時々緑に変化しつつ、おどけた仕種で僕らを手招く。

「…ここが?」

 目的地なの、と問うより先に、彼女は地下へ降りる階段の最初の一段に足を乗せていた。

 僕の声は聞こえなかったのだろうか。

 さっさと地下に下りていってしまう。

 僕は慌てて、彼女を追う為に重い袋を担ぎ直し、最初の一段に足を乗せた。

 ――最下層は地獄に通じる。

 ふと、降りていく僕の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。



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