第8話 ハンドサイド・アクション

 まさかの発言に戦闘メイドも口元を隠して、笑いをこらえた。

「確かに、生き死にのかかった戦場では女性に飢えた兵士というのも珍しくはありませんが、当PMCではそのようなサービスは承っておりませんの。よくいらっしゃるのですよ、メイドの仕事を勘違いした輩が」

 がしゃり、と重機関銃を下ろして、メイドは戦闘態勢を解いた。

 これには一言はっきり言っておきたいらしい。

「私たちPMC、つまり民間軍事企業の主な役割は兵站や整備、要人警護に警備などの軍事面でのサポートになりますの。依頼さえあれば、戦闘訓練などもご指導させていただくこともございますわ」

「無論、そのあたりは心得ているが」

「ええ、ええ。第三小隊の皆さまに限って、PMCのなんたるかを知らないということはないでしょう。つまり、私がメイドの恰好をしているからと言って、いいように言うことをきく女、と思ってもらっては困る、ということですわ」

「なるほど、勘違いが多くて鬱憤がたまっているってことか」

「はい。侮っていると、あなたも彼らと同じ末路を辿りますよ。〈竜巻トルネード〉」

 八雲はやれやれ、と呆れた反応を返す。

「その機関銃とマトモにやりあえば、重要な文化遺産がハチの巣になりかねん」

 加えて、足場は踏ん張りのきかない砂砂利。飛び石が等間隔に並んでいるとはいえ、戦闘するには向かない場所だ。

 八雲は視線を巡らせ、抜け道を探す。

 この相手と真向からやりあうのは得策ではない。が、やらざるを得ない状況か。

 対怪異戦においては、装備もさることながら仲間との連携も重要。

 これは、第三小隊が八坂蓮をどこまで信用できるのか、という分水嶺でもある。

「自分は生きて帰れる、と。そう仰りたいのでしょうか?」

 探るような黒兎の視線。白金の髪が月明かりを照り返して、煌く。

 ひとつ間違えば即座に全滅。

「当然だ。で、本題だが。お前の今回の依頼主は誰だ?」

「答えるとお思いでしょうか?」

「それに、ここの境界霊器を回収せず、そのままにしている理由。いろいろと聞きたいことがある」

 刀の鍔が小さく鳴る。

 合わせて戦闘メイドも重機関銃を再び構えた。

「……本当に知りたいのは〈箱〉のことかと思いますが」

 ぞわり、と空気の感触が変わったことで、気圧されたメイドが一歩だけ下がる。

「……知っているなら、答えてもらおう」

「いいでしょう。ただし、私を倒せたらの話です!」

 再び、雷鳴のような発射音を響かせるブローニング重機関銃WSDカスタム〈シルバーウィード〉。

 漆喰の塀も、本城の石垣も、果ては庭木もひとまとめに薙ぎ払い、その砲火は筆舌に尽くしがたい破壊と暴虐の限りを尽くす。

 撃つたびに空気が波打ち、肌を震わせ、臓腑にまで響かせる。それほどの轟音。

 土煙が周囲にたちこめる。あまりにも規格外の連射性能。

 一体どれだけの弾丸が込められているのか。弾切れする気配がまるでない。

「……第三小隊。逃げるのはヤメだ。攻撃を開始しろ」

 咄嗟、背後からの銃撃。

 メイドの視線がそちらを見れば、ヘリクス・フィールドによって防がれ、慣性を失って落下する潰れた弾頭。

 ハンドガンのものだ。庭石に隠れている渚が、八雲の援護に回った。

「通じないと解っているはずですが」

「そうでもないですよ。単独で現れたのが、運の尽きです」

 意識が逸れたその一瞬を狙って、今度は側面から。

 奇妙な力で飛翔する折り鶴が、力場の流れを一瞬だけ乱す。

「これは、」

「油断しましたね。あとはお願いします、ミシェールさん!」

 士気を取り戻し、戦線に参加した戦巫女、八坂蓮の手によるものだ。

 物体に念を込め、自在に操ることの出来る〈式神〉である。

 そう、怪異は異能によって破ることが出来る。

 そしてそれを後押しするのが、稀代の魔法使い〈災厄の魔女〉の役割。

 上空より飛来するいくつもの光条が、まるでレーザーのように地表を穿つ。

 この攻撃、いやさ爆撃によって、巻き上がる暴風と砂の嵐が視界を遮る。

 そんななか、いつのまにか頭上に飛翔していたミシェールの腰まである黒髪が、今は金色に煌いて月の光を反射するのを見てとれたのは奇蹟に近かろう。

「くっ……、魔女の力ですか!」

Auf wiedersehen.Frauアウフ ヴィーダーゼーエン フラウ!」

 レーザーの爆轟によって吹き上げられた砂の粒子が周囲を流砂のごとく渦巻く。

 無理に発砲すれば、機関銃は砂を噛み、作動不良を起こして暴発の危険すらある状況。

「なるほど。素晴らしい対応力です……申し分ない」

 どこか達観したようにメイドが呟いた。

「褒めてる場合か」

 眼前に肉薄する影が、対象の死を宣告する。

「終わりだ」

 振り下ろすのは上方より。

 掲げ持った鞘から抜き放たれた一閃が、インレの肩口から袈裟に入る。

 そして返しの白刃が重機関銃を切り裂き、圧倒的な破壊の権化を無力化。

 さらに、斬り抜けの三刃めが暴風のように通り過ぎると、インレの認識を超えた剣が意識を刈り取っていく。

 視えざるものを斬る。それは国津八雲にのみ許された、無二の力。

 その風が過ぎ去った後に、ようやく初撃の音が耳に届いた。

 端倪たんげいすべからざるこの一合、音より速く。

 倒れ伏す戦闘メイドを背後に、八雲は刀を納めて首だけで見やった。


 これなるは第二秘剣。

 視覚で捉えても防ぎ得ぬ。意識の外側より訪れる一太刀。

 名を〈無拍子むびょうし〉。既に人外の域へと達した、国津八雲の誇る絶技がひとつである。


「よし。あだ名はウサギにしよう」

 などとのたまい、緊張感のまるでない八雲が倒れたメイドを抱え上げて。

「騒ぎを聞きつけて人が集まって来ている。第三小隊、任務を中断して帰投する」

 各々が返答した後、八坂蓮が疑問を呈する。

「それ、死んでないですか。ていうか、あれ? 私、別に一緒に行く必要ないですよね」

「大丈夫だ、生きてる。何言ってんだ、お前も来い」

 暗に帰りたいという提案を見事に却下。

 半ば無理やり連れられ、八坂蓮は渚が確保していたホテルへ向かうこととなった。


    *    *    *


「さて、尋問だが。お前の雇い主は誰だ?」

 さっそくの八雲の言に、うなだれていたメイドが顔をあげる。

 今やホテルの一室で椅子に縛られ、自由の利かない囚われの身。

 しかもミシェールの手によって着替えさせられ、どうしてか女子高生の制服を着用済みである。

 これにはさしもの戦闘メイドも羞恥を隠せない。

 間取りは二人部屋だが、片方のベッドは撤去して確保したスペースにはガンケースや無線機などの設備が設置してある。

「……あの。それよりこの恰好なんとかなりませんか? さすがに恥ずかしいので」

 四人に囲まれていては居心地も悪いのだろう。

「そうはいかん」

「す、スカートが短すぎます。常々思っていたのですが、どうして日本の女子高生はこうもスカートを短くして外を歩けるのでしょう? 無防備過ぎませんか」

 恥ずかしげに両足を擦り合わせ、小さくそう零す。

 八坂蓮もこれには同意見なようだが、校則で決まった長さにしてもまだ短いのは何故なのかはなはだ疑問なようである。

「いや、だってお前の特性はあの服にあったんだろう? なら着替えさせるのが当たり前だ。いいから質問に答えろ、ウサギ」

「ウサギ……まあいいでしょう。お金以上の義理はございませんし。そこで提案があるのですが」

「なんだ」

「私を雇いませんか? さすがに仕事がなくなるのは収入的に困るので。武器も壊されてしまいましたし」

「何を言い出す? それはそちらの都合だろう。知ったことじゃない」

「なにより、それなら提供出来る情報の質と量が保証されます。脅かして問いただすよりよほど建設的かと」

「む……」

 実利的だが、これが罠であるという可能性を考える。

「わかる話ではあるが、リスクが高いな。お前を抱え込むことのデメリットが上回る」

 傍らで見ていた渚がそこに意見を申し立てる。

「監視役がいりますし、背中から撃たれない保証がない。提供される情報も偽の可能性が高いですし、なにより単独で現れたということが、伏兵を隠すための目くらましかも」

「まあ、言い出したらきりがないな」

「あら。意外と慎重派ですのね、〈竜巻〉」

「部隊の長なら当然だ。で、口を割る気がないというわけだな」

「そうは申しておりません。ただ、私はドレスがなければこのありさまです。であれば、身の安全が保障されない限りは口を割らないのが得策、というのが至極当然かと」

「ふむ。もっともな意見だ」

「だったら、大刀自女学院に預けてみては? あそこなら色々と融通が利きます」

「思い切った発想だな。こいつがその大刀自に雇われている可能性だって、」

「ならなおのこと、直近で監視する必要があります。しかも私たちでは単独で抑え込む力がない」

「ドレスがあの力の源だったんなら、問題ないはずだが」

「それがもし、嘘だったらどうしますか」

「ふむ……」

 渚の言も、もっともだ。

 そうなると、雇うという選択がやはり安全で確実になってくる。

 それで安易に裏切るような真似をすれば、PMCウォーターシップダウンの看板に傷を負うからだ。

 信用が全ての裏の世界でそういった悪評は致命的となる。

「ちなみに、お前を雇うとしたらいくらくらいになるんだ?」

 提示された金額に内心で頭を抱えたのは、おそらく八雲だけではあるまい。

「俺の給料何年ぶんだよ。すげえ額だな……」

「あら。武器とドレスの修繕にはそれでも見込み少なめなくらいですけれど」

「気が遠くなる。まあいい、その方向で上司と話を付けてみる」

 ともあれ、これで話が通れば戦闘メイドを味方に引き入れることに成功する。

「こちらとしても箱の情報はどうしても欲しい。それと、あの場にあったはずの境界霊器もだ」

「二兎を追うと、一兎も得られませんよ」

「ウサギが言うと説得力がある。で? そっちの任務は成功か?」

 何のことか、とメイド、いやさ女子高生然の恰好をしたインレが首をかしげる。

「とぼけるなよ。俺たちを足止め、ないしは殲滅するのが今夜の目的だったんじゃないのか? 境界霊器に近付くものを監視、あるいは抑制するのがお前の役目だったと見受けるが、どうか?」

 加え、自分を雇うかどうかで、こちらを値踏みしているようにもとれる。

 それが包み隠さぬ八雲の内心である。

「あらあら……」

 愉快げに口元を歪める。

 やはり、そうなのだ。

 真相に近付く見込みのあるものに接近し、自分を楔として動きを抑制する。

 PMCウォーターシップダウンの他のメンバーが見当たらないのは、こうしたケースに陥ったインレのバックアップに回るためだろう。

 つまり、八坂城には今、立ち入るべきではない。

「身柄の安全は保障されますか?」

「無論だ。それについては約束する」

 ふう、と安心したように。

「では、ひとつだけ。今、あのお城には御庭番である巫剣みつるぎたちが警戒態勢に入っています。私たちの戦闘に刺激されて、なおのこと警備は厳重になったでしょう」

「巫剣とは、何だ?」

「土御門家の御庭番、まあ護衛や警備を請け負う隠密の暗殺部隊ですね。そういった方々です。そして私たちは巫剣たちを抑止するためにあそこで構えていたのですよ」

「何故、抑止しなければならなかった?」

「それが大刀自側の目的だったので。あそこは今、色々と複雑なので様子を見るのがいいかと思われますよ」

「なるほど。土御門に探りをいれたかったわけか」

 インレの依頼主はやはり大刀自だったようだ。なら、学院側に接触してみるのも考えてみるべきか。

「まあそういうことでしょう。集いつつある怪異も、私がいなくなれば巫剣が対処せざるを得ないでしょうし。あ、そうそう」

 そこでふと、インレは顔をあげた。

「別に、あそこで殺戮の限りを尽くした、といった事実はありませんので。それだけはお伝えしておきますわ」

「そうだったか」

「ええ。小競り合いはありましたけれど」

 そこで連絡用の無線に通信が入る。

「こちらビショップ。どうぞ」

 ひとつふたつ言葉を交わすと、渚がこちらを振り向いた。

「OKだそうです。ただ、契約金はルークが都合しろ、だそうで」

「待て、どういうことだ。経費で落ちるだろうそこは」

「バイトしろと言ってました」

「八桁の金をバイトで都合するだと」

 とんでもない無茶ぶりをされて頭を抱える。

「元々が私たちの不始末から来てますからね……」

「まったく。やれやれだ。では、ウサギ」

「それ、私の呼び名で決定なんでしょうか」

「明日から俺に同行しろ。学院側に確認を取る。お前が大刀自側の人間なら、問題はないはずだな」

「承りました。ただ、条件がひとつ」

「なんだ」

「エプロンドレスを都合してもらえないでしょうか? ヴィクトリアンとは言わないまでも、クラシカルなロングドレスのものであれば構いません」

「……メイド服か」

「でも、今は夜中ですからね。そういう専門的な衣類を売っているお店はとうに閉まっているかと」

「そういうわけだ。年齢的に女子高生でも問題ないだろう? しばらくはそれで我慢してくれ」

「落ち着かないですが、仕方ありませんね。それで、いつまでこのままなんでしょうか?」

「ミシェール。解いてやってくれ」

「はいはい、りょうかーい」

 椅子に縛られていた両腕の手首をさすりながら。

「ふう。そういう特殊な趣味をお持ちなのかと思っていました」

「どういうことだ」

「では、ご主人様? 改めましてご挨拶を」

 そこで、インレは椅子から立ち上がると姿勢と服の折り目を正した。

「PMCウォーターシップダウンのメイド、インレでございます。以後、お見知りおきを」

 優雅にカーテシーと呼ばれるヨーロッパ風のお辞儀をすると、インレは頬に手を当てた。

「これでもメイドの端くれですので、炊事、洗濯、掃除に護衛から警護まで、なんなりとご命じくださいませ」

「ご主人様……」

 呼ばれたことのない呼称に戸惑い、八雲は虚空に視線を投げる。

「ふうん、そういう趣味?」

 ミシェールが探りをいれるが、これは手で遮った。

 八坂連の視線も痛い。

「それにしても、ご主人様以外は部隊に女性しかいないとは。やはりそういう趣味なのでしょうか?」

「え、女性だけ?」

 となると、視線が集まるのは自然と中性的でどちらともとれる渚だ。

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「渚さん、女性だったんですか」

「ええ。実は。第三小隊では銃火器などの通常兵器が怪異にどれだけ通じるのか、というテストを行いつつ情報収集、偵察などを担当してます。まあ、専門は狙撃なのですが」

 インレがこれに一言返す。

「なるほど。ですから腰がひけていたのですね。それにしても狙撃手が二挺拳銃で走り回るなど、本末転倒ではありませんか?」

「一言多いですよ。そちらこそあんな武器を振り回しておいて、今度はドレスがなければ何も出来ないのですか?」

 火花を散らし始める女性陣はさておき、八雲は八坂蓮に目配せして、外へ移動した。


「送っていく。色々と済まなかったな」

 首を振り、八坂蓮は微笑を返しつつ。

「まったくです。とんでもないことに巻き込まれたものですが、ある意味では刺激的でした。あんな経験はそうそう出来ません」

「重機関銃で狙われたことか?」

「ミシェールさんがいなければ危なかったですが。あの方も含め、あなたたちはお互いを信頼して行動している。それが解って、少し羨ましかったです」

 死地から生きて帰れたにしては、落ち着いている。

「もっと責められるかと思っていた。あんな目にあっても、お前は冷静だな」

「まあ、普段から怪異には遭遇していましたし……さすがに人の発する純粋な殺意には驚きましたし、戸惑いもまだあります。インレさんと仲良くやっていけるのか、とか」

「いや、別に仲良くする必要はないぞ。多額の契約金で雇うボディガードとでも思えばいい」

「ああ、そういえばすごいお金が必要なんでしたっけ」

「ん、まあ、それはいい。なんとかする。それより、これからはああいう手合いが増えると思うが、大丈夫か?」

「私は単に、落とし物探しを手伝うだけのはずだったのですが。戦巫女としては困っている人を見捨ててはおけませんし、放っておけばこの街になんらかの被害が出るかもしれない。となれば、ここで投げ出してしまうほうが、私は許せません」

「簡単に言う。もう解っただろうが、単なる落とし物探しでは済まないぞ」

「承知の上です。実績をたてたいという気持ちはありますからね。それに、もう決めました」

「何をだ?」

「ミシェールさんはあの時、私を励まして、奮い立たせてくれた。渚さんもあなたも、私が狙われないように自ら危険な役を買って出た。本来ならこの街で守る側のはずの私を、あなたたちは守ってくれた」

「……」

「これ、実は戦巫女失格ですよ。本当なら、先陣を切らなければいけない立場なんですから」

「女に刃物を持たせて、かよ。俺はゴメンだな。そういうの」

「え?」

「なんでもない。いいから、お前は俺の後ろに隠れてろ」

 言って、さっさと歩きだす八雲の後を追う。

 その背中がやけに頼もしく思えたのは、きっと気のせいではなかっただろう。

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