第3話 冬椿
なるほど、油断をしない女は好ましい、と。
つい口元が緩んでしまいそうになるのを堪える。
「別に珍しい話でもないだろ?
「それはそうかもしれませんが。あなたの場合、なんとなく胡散臭いんですよね」
眼を細める。この少女はずいぶん警戒心が強いらしい。
「……そうか」
おまけに胡散臭い、という理由で遠ざけられてはしまったようだが、それはこれから挽回できる範囲だろう。多分。
「まあ、いい。それで、八坂はどうしてこんなに朝早くから登校するんだ?」
「お役目があるので。あなたは?」
「言ったろ、落とし物を探してたんだ。とにかく、まずは学生寮に荷物を取りにいかないと」
「そうですね。ではこのあたりで。また後程。本校までの道順は大丈夫ですか?」
「問題ない」
「そうそう。もし偶然にも同じクラスになったら、学内を案内するのもやぶさかではありませんよ」
踵を返しつつ、試すような視線。
「その時は是非。ついでに隣の席になって、仲良くしてくれたら嬉しいんだが」
これには鼻で笑って返してくる。
そうそうあるわけがない、とでも言いたげだ。
「さて、どうでしょう」
やれやれ、と肩を竦める。
一筋縄ではいかない女だが、それがどうしてか心地よい。
「面白い、のか。俺は楽しんでるのか」
やや戸惑いがちにそれを認める。
「なるほど、学生とはこういうものか」
『ずいぶん楽しそうじゃない? やっくぅん?』
マイクロフォンからねっとりと絡みつくような声。
「なんだよ、ミッチ。機嫌悪いのか」
『こっちがせかせか働いてるのに! あなたときたら女子高生といちゃいちゃ!』
「そう言うな……なにか解ったのか?」
きっちりと成果は掴んでくるあたり、なかなかできる子である。
『もちろんよ。
「魔術だと? ここは土地柄がそれを許さないんじゃなかったのか」
『ね? きな臭いでしょう。もしかすると、裏で研究してたのかも』
「すると、魔術を用いて〈箱〉を回収したから、物理的な痕跡はなにも残らなかったと」
『どこに運ばれたのかはまだ解らない。けど、どうも怪しい動きをしてたって噂があるわ』
「怪しい動き?」
『黒ずくめ。解ってる共通点はそれだけよ。追って連絡するわ』
「……了解した」
それは個々人に内包された異能の方向性により、単一の機能しか果たせない、いわゆる融通のきかない特化型なことだ。
比べて、魔術は様々な作用と効果を構成式に持たせることにより、多角的な運用を可能とした汎用型。
応用は効くものの、異能と異なり展開に時間がかかる。
「もしかすると、同業者かもな」
あるいは最悪の予想さえ頭において。八雲は登校の準備にかかる。
* * *
担任のお叱りにより、挨拶は教室内が静まり返った瞬間を狙ったのだが。
「国津八雲です。よろしくお願いします」
黄色い声があがる。想定外の事態に八雲は眼を瞬かせた。
ここまで男が珍しいのか。
事実、ここまで女性のみに編重して異能者を集めた学院というのはほかにない。
「イケメン!」
「眼鏡!」
「鬼畜そう……」
誰だ今鬼畜って言ったの。
変装用にちょうどいいかと、学生寮に運び込んであった道具のなかから拝借した黒縁の細い眼鏡が、妙な反響を呼んでいる。
「では、国津くんの席は八坂さんの隣で」
ああ、と。ようやく合点がいった顔で。
「こうなるのか」
「こうなるようですね。よろしく、八雲くん」
完全な偶然か。あるいは想像通りで二の句も告げないのか。
亜麻色の髪の少女が、半眼の胡乱な声音でそう返してくるのだった。
物珍しさと好奇心で質問攻めにあうものかと想定していた八雲だが、どうもそうはいかないらしい。
皆、遠巻きに八雲を見るばかりだ。
視線が痛い。ひそひそ話が気になってしょうがない。
こうも肩身が狭い思いをするとは。
疑問を先取りしたか、八坂連が独り言のように言う。
「眼つきが悪いからじゃないですか?」
「む……」
気にしていることをずばり。
視線で人を殺せそうだと言われた過去がある以上、反論ができない八雲である。
「まあ、それはどうでもいいです。それより今日使う教科書は持ってきているんですか?」
「一応は」
「三限目は移動教室ですからね。あと、なにか解らないことがあったら聞いてください」
「そうする」
ここはおとなしく。目立たず、慎重に行動すべきだ。それがプロフェッショナルというもの。
そう自分に言い聞かせ、念のため男子用トイレはどこかだけチェックしておき、午前の授業に立ち向かう。
ひとことで言ってしまえば、授業の内容そのものに問題はない。
学校に通うことのなかった八雲だが世間一般的な情操教育は受けているので、それと照らし合わせても〈普通〉と言い切れる内容であった。
ただ、授業中でもちらちらとこちらを伺う視線が気になりはするが、それもじき慣れるレベル。
事件は、三限目に起きた。
体育の授業でサッカー。そこまではいい。
八雲も自身の身体能力を抑え、普通のレベルで収まるように気をつけて動いていた。
その折に、髪で隠していたマイクロフォンに連絡が入る。
『渚です。尻尾を掴みましたよ、八雲』
「詳細を報告してくれ」
なるべく不自然に思われないよう、立ち止まって屈伸などしながら。
『まず、ミッチが聞いたという黒ずくめの話です。あれはもしかしたら〈大刀自〉と繋がっているかも知れません』
「……なんだと?」
『戦巫女には会ったんですよね?』
「ああ。クラスメイトで、隣の席だ」
ちらと視線を巡らせば、どうやら友人たちと談笑しながら試合の流れを見ているらしい。
ふと、眼があう。やはり男子がひとりだけとなると、注目の度合いも高いようだ。
一挙手一投足に注意を払わねば、途端にボロが出かねない。
『それはそれは。楽しそうじゃないですか』
「よしてくれ。俺は楽しくない。針のむしろだ」
『頑張ってくださいね。それで、戦巫女は女生徒、つまり従巫女のなかから選ばれるわけですが』
そこで一拍おく。
試合の流れは、どうやら自チームの勝ちで決まりそうである。
『その〈選ばれなかった従巫女〉がどうなっているのか、その学院で調べてもらえますか?』
「……どういうことだ?」
『表と裏の顔ってところでしょうか。どうも〈ワケアリ〉な生徒だけを使って、隠密部隊のようなものを』
そこまで聞けば、話は早い。
「了解した」
組織の後ろ暗い部分。人の集団である以上は避けられないものではあるが。
いたいけな少女を利用して、なにかを企んでいるのか。
だとしたら危険過ぎる。あの〈箱〉は並大抵の人間に扱うことはできない。災厄をまき散らすだけだ。
大陸ひとつを滅ぼす、という謳い文句に嘘偽りなく。
最強の怪異である
そこからねずみ講式に増えていき、やがては街ひとつが血啜鬼で埋め尽くされるのだ。
止められない
本来ならば、今もこうしてのんきに遊んでいる場合では――
「八雲くーん、いったよー」
そこにちょうどよく飛んでくるサッカーボールである。
自分は何をしているんだ、と己を苛む無力感にイラついていた八雲は、それを全力で蹴り飛ばす。
そう、全力で。
年齢に似合わぬ身体能力、どころか怪異討伐の専門家として鍛え抜かれた鋼の肉体。
それがひとたび牙を剥くと、どうなるか。
フィールド半分を駆け抜ける直線弾道で、ゴールに突き刺さったのだ。
皆が唖然とするなか、八雲はやっちまった感全開でうなだれるのだった。
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