第6話 どっちが上なの
潤沢な予算を得て、船の出土が始まった。同時に大谷は、秘密裡ながら壺とコインの鑑定も進めてしまった。古代ローマの物なのかどうか、壺の年代はいつなのか、それだけでも確認したかったのだ。
懇意にしている埼玉大学考古学教室のA教授からはすぐに連絡が来た。
「おいおいこれまたすごい出土物だな」
教授は興奮してもの凄い早口になっていた。ほとんど聞き取れないレベルだ。大谷は意図的にゆっくりしゃべった。
「どういう結果、でしたか」
「まずコインだけど、これはリュディア貨幣である可能性がかなり高い」
「リュディア貨幣というと……」
「世界最古の貨幣。紀元前だ。ちなみにリュディアは今のトルコにあった古代王国」
説明によると、リュディア貨幣はエレクトロン貨と言って合金なのだそうだ。詳細に解析してみて金属の成分と配合の仕方からも、リュディア貨幣である可能性が否定出来なくなったとの事だった。
「ええーっ! ど、どうしてそんな貨幣が大宮に……まさか……」
「そのまさかだよ! 縄文時代には世界を股にかけた海上交通が、大宮で栄えていた証拠になるかもしれない」
「で、でも、待ってください。後世の人間が趣味で集めていたモノである可能性は」
「もし後世の人間がわざわざこの組み合わせで保管をしたのだとしたら、手間暇がかかり過ぎるし意味不明だ。このコインがまとまった段階で売った方がはるかに儲かる。今回のコインは一度に大量だし、コインが入っていた壺は明らかに縄文式土器で、双方を別々に集めるのは高くつくし酷く困難と思われる。そのようなわけで、このコインは縄文時代に取引で得た報酬をしまっておいたモノという可能性が一番高い。まあ詳細な調査をすればはっきりする事だがね。一応それなりに可能性が無かったら詳細な調査には回らないんだよね。余分なおかね無いし。悲しいね」
「大変な発見、ですよね」
上に新しい建物が建っている事も含めて大変な事態だ。だいいち、土建屋の独断でまた埋め戻されてしまった遺跡の発掘物を、世間になんと言って公表したら良いのだろう。よほどの強い意志が無い限りは、この事態には立ち向かえなさそうだ。
「でも大谷さん。それはあくまで可能性ですからねえ……それに、上に建物が建っちゃってるし」
聞き耳を立てていた浦野が痛いところを突いてきた。
そうなのだ、学者は断言をしない。あくまで「可能性がある」と言う言い方をする。そんな言い方では朴念仁相手に予算など取れない。ましてや出来たばかりの建物をどかそうなど、無理過ぎる……。
「大谷さん、どうしますか。取りあえず教育委員長に相談しますか」
我ら埋蔵文化財保護課は教育委員会の下部組織である。何かあれば部署のトップである教育委員長に相談すべきだ。
「ほう・れん・そうですよ大谷さん」
「相談……」
今の教育委員長は浦和民だ。国際教育と英語教育にやたら力を入れる人物で、古代史などにはまったく興味が無い。これもオリンピック用に据えられた教育委員長だ。
大谷は浦野の表情をうかがった。彼の表情は曇っている。こんなすごいコインが出た事で、大古里の船がかすんでしまうのを気にしているのだ。
(大宮民としては、負けていられない)
こっちだって武蔵一之宮の誇りがある。現代史では虐げられていたばかりだが、古代史で一発逆転大ホームランと行きたいところではないか。
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