第5話 掘る算段

 いったん柴崎と別れて職場に戻ってみると、直属の上司である教育委員会委員長がうろたえながら現れた。

「いやはや、市長さんから直々に連絡が来たよ。どういう事だか知らないけれど、大古里の発掘調査に特別予算が下りるらしい。額は言い値でいいって」

 大谷と浦野は公用車に乗って、急ぎ大古里の現場に向かう。柴崎はすでに着いていた。柴崎の周囲には三人の男が立っていた。さいたま変えよう会の人たちらしい。つまりみんな土木建築業者だ。道理でガタイが良くて見栄えがするはずだ。

「大宮支部の奴を呼んだけど。直接聞いてみたら?」

 大谷はともすればひるみそうな自分に活を入れて彼らに名刺を配り、逆にもらった。なるほど本社の住所は全部が旧大宮市内だ。我らが大宮の企業なのだ。

「聞きたい事があるんですが、最近大宮地区からの出土物が少ないんです」

 彼らは互いに目くばせをした。

(やはりこいつらは……)

 大谷の正義感がメラメラと燃える。この熱が考古学に対する愛なのか大宮愛なのか浦和に対する意地なのか、自分でもよく分からない。

「ほらあれ、見てくださいよ。浦和の出土物」

 大谷は彼らに土の中から姿を見せている船を指さして見せた。

「大宮では最近、こんな立派な出土物が出てないんです! 浦和に負けてますよ!」

 大宮支部の彼らはまた互いを見たが、そのうちの一人が言った。

「でも、俺らも色々辛いんだよね。役所に届ければ待ったが掛かるし、時間との闘いだし、発掘調査を待ってる間に会社の金庫からカネがどんどん抜けてくし」

 さいたま市は大宮台地と言い太古の昔から陸地なのだ。しかも大宮はどういうわけか風雪の被害が殆どなく、自然災害が避けているような土地柄なのだ。だから旧石器時代から人が住んで増えていたし、その痕跡がたくさん残っている。

 そしてここはかつて土建屋の県と言われた埼玉県である。彼らは役人より偉くて忙しい。何か出たからと言っていちいち報告するのは面倒くさいと思っても不思議はない。お互いカネに苦労してやりくりしている身としては、なかなか強く言えない。

「でも、こっちだって非道な要求をしてるわけじゃないです。ただ、見つけたら連絡を下さいよ。あなたたちも私も同じ大宮民じゃありませんか。浦和を見返しましょう」

 ここで綺麗ごとを言っても意味が無いのは哀しい経験則だった。だったら情に訴えるしかない。

「分かりました」

 彼らは神妙な顔をして頷いた。

 浦野はというと、浦和民としてこの話はどうでもいいように見えた。つまり大宮からどえらいものが出土するとハナから思ってないのだ。

「それより、この船を掘り出す算段をしましょうよ」

 浦和民の柴崎は、話を浦和の出土物に持っていきたくて仕方ないらしい。

 まず大谷が測量をして、大雑把ながら発掘場所のブロック分けをした。人員と道具類などの一日の予算を電卓の上で足して、最後に日数を掛けた。地面も柔らかいし、一週間もあればかなり出来るだろう。

「こんな感じかなあ」

 浦野と柴崎が数字を覗き込む。

「ちょっと足りなくないですか? せっかくなんでこの倍の予算を貰いましょうよ」

 浦野が言う。結局浦野の案を採用する事になった。

「あのう……」

 後ろから土建屋の一人が大谷を呼び止めた。

 振り返ると、一番目が小さい中年男だった。彼は見沼地区を中心に土木工事をしていると言う。

「俺だって本当はずっと黙ってたっていいんだけどよ。あんたの言い分があんまり必死で可哀想だから」

 男は左の尻のポケットをごそごそ探り、何かを取り出して大谷の手のひらに置いた。

「こ、これは!」

 大谷は手のひらに乗ったものを見てのけぞった。いきなり博物館級の物を無造作に乗せられた驚きは、考古学好きなら心臓が止まるほどの衝撃である。

「なんすかこれ」

 脇から浦野が顔を出す。外国製の、しかも相当古いコインと分かった途端、彼も顔色が変わった。

 古いどころではない。この腐食具合といい半端な円形といい、古代ローマのコインに違いなかった。十年くらい前に沖縄は勝連城址から出土したモノと同じだ。もしこれがホンモノだとしたら、古代の海上交易史がひっくり返るほどの大発見になるかもしれないのだ。

「こ、これ、どうしたんです! いつどこで、どういう状況で見つけたんです」

 大谷は襟元をつかみかねない勢いで男に詰め寄った。

「おおぅ、おっかねえ」

 男はずり下がった。

「怒るなら言わねえよ。俺たちだってカネにならないもめ事はしたかねえ」

 大谷はぐっと唾を呑みこみ、息を抑え右手を胸の高さに上げた。誓いのポーズだ。

「怒りません。怒りませんし、場合によっては聞かなかった事にします。誓いますから教えて下さい。あなたは誰ですか? そしてどういう状況で出土したんですか」

 男は日焼けで真っ黒になった渋面を少し緩めて背筋を伸ばし、口を尖らせた。

「俺は、大宮土木建築協会の副会長で、黒須ってんだ。そしてこれは、壺ごと出たんだよ。中に古い小銭が一杯詰まってたけど、なにせ工期が迫ってるし手続きがめんどくさいしってんで……」

「そ、その壺はどうしました」

「一つだけ掘り出したんで家にあるよ。俺は壺の中からお守り代わりに一番良さげなのをこうやって尻ポケットに……」

「場所は! 出土した場所はどこなんです!」

「大宮区上小町コミュニティーセンター……の真下」

 大谷はガックリと崩れ落ちた。先日完成したばかりの大型公共施設だ。怒りよりも虚しさに、涙があふれてきた。

「大谷さん……」

 大谷は顔を上げる事が出来ない。硬い地面を睨みながら浦野に応える。

「浦野。内心では嗤っているんだろう。大宮モンじゃ馬鹿だなって、思ってるだろ」

「そんな事無いっす」

 否定はするものの、浦野の言葉は空虚だった。彼の頭の中は船の件で一杯なのだ。

「そんな事より船の件、とっとと話を進めましょうって」

 やっぱり。大谷は地面を拳で二、三度叩き、それからゆらりと立ち上がった。その場の全員が大谷を見つめている。

「予算、ここで詰めちゃいましょう。そっちはいくら必要なんです」

 大谷は聞いた金額と自分たちに必要な金額を足し、それにゼロを一つ多く」付け加えた。覗き込んでいた者はみんな息を呑んだ。

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