第4話 県知事閣下

 なんだかんだ言って、土木建築業者はいざという時に頼りになるのだ。大谷は柴崎を慕う浦野の気持ちが良く分かった。柴崎自身は、浦和民のルーツが渡来と分かって残念だったようだが、代わりに発掘の面白さに目覚めたのだった。

 翌朝市役所に行くと、始業時間と同時くらいに柴崎が来た。

「ウラちゃんとオオちゃん、ついて来て」

 いつの間にかオオちゃんだ。大谷は苦笑しながらも少し嬉しかった。

 前を歩く柴崎は、役所の駐車場を通り越して向かいの建物に向かってしまった。てっきり車で大古里に行くと思っていた二人は慌てて柴崎を呼び止めた。

「俺らは先に、県知事に会いに行く。アポイント取ってあるから早く」

 二人は同時に「ええー」と声を上げた。県庁は目と鼻の先だが、心の準備がない。

「な、何で県知事なんですか」

「予算だよ予算。あんたたちを含めて、役人というのは上からの命令に弱いんだよ。前例を破るには上からの命令。これ、俺ら土建業の常とう手段」

 さすがは「埼玉変えよう会」の代表である。大物政治家ともツーカーでないと、土木建築業は大変なのだそうだ。

 県知事閣下の下田誠二は中央官庁の官僚だったが落下傘で埼玉県知事になった男だった。大谷も浦野もテレビでは見た事があるが、目の前に立って彼と話した事などなかった。

「知事さん、どもー」

 秘書に呼ばれると、柴崎は気軽な様子で知事室に入った。市役所職員の二人は身を固くして後ろに続く。知事は部屋の中央に立って待っていた。

「メールした通りなんだけど、さいたま市長にちょっと連絡してもらえたらと思って」

 柴崎は後ろを振り返り、二人を手元に引き寄せた。

「この二人とも、さいたま市教育委員会埋蔵文化財課の職員。こちらが大谷さんでこちらが浦野さん」

 大谷はすっかり舞い上がってしまい、何を口走ったかも覚えていない。知事はこちらの緊張など意にも介さず、デスクに戻って柴崎を見ながら内線電話を押した。話し相手は秘書らしい。

「もしもし、さいたま市長の携帯に電話してこっちに回して」

 すぐに電話がかかってきた。大宮民のさいたま市長、大清水正人である。

「ああ、知事の下田です。お世話になってます。実は今、さいたま変えよう会の会長さんが来てるんだけど、例の大古里の建築現場……うん、選手村作る予定のとこ。あそこで遺跡が出たらしいんだよね。悪いんだけど、大至急予算回して、発掘調査を超特急で済ませてくれない? ……予算額は現場に聞いて決めてよ。いや、ケチんないでよ。ここでケチると建設が間に合わないっていうんだよ……うん。重要な遺跡らしい。うん、そうだね。じゃ、よろしく。さいたま五輪成功させような!」

 電話を切って知事が両手をパンと合わせた。

「これで解決だね? 柴崎ちゃん、また選挙の時、手伝いよろしくね!」

「はいな。オリンピックのボランティアも手伝うよ」

 これで予算OKと言われて誰が信じるだろう。大谷も浦野もけむに巻かれたような心持ちだった。だが柴崎が言うには、経済学部卒の県知事には,埼玉の遺跡発掘の重要性をいくら説いても無駄で、コストに訴えた方が良いらしい。

「お偉い政治家にとっての文化事業って、オリンピックとか国際交流みたいな派手なモノか、ボランティアや草の根みたいなタダ同然のサービスのどっちかなんだよね。まあ、上がこんなんじゃ日本はやがて滅びるよ」

 大谷は柴崎の横顔を見た。浦和民の彼と、初めて意見が合致したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る