トウヤ視点4

 同時に複数の出来事が起きた。

 一つ目は、住み慣れた部屋の中に乾いた破裂音が響いたこと。

 二つ目は、腕の中で抱かれていた少女の体がびくりと跳ねた事。

 そして三つ目は、突然この家を訪れた奇妙な男が、取りだした拳銃を発砲した事だ。

 「……へ……?」

 あまりにも突然の出来事過ぎて、自分でも呆れるほど間抜けな声を漏らした問夜は、全身の筋肉が弛緩しだらしない姿勢になったトーヤを抱いたまま、一歩だけ後ずさる。

 そして、目の前で銃を構えたままの男の顔をおそるおそる見つめる。

 「い、今何を……?」

 「余計ナ物ヲ削除したダケです」

 罪悪感も、驚きも、ましてや達成感や憎しみすら感じさせない微笑を浮かべたまま、スーツ姿のその男は、どこかの窓口案内の様に柔らかな微笑を浮かべる。

 「……削除……」

 『削除』? それは何をだ?

 遅れて情報の選別を開始した問夜の頭は、その言葉の対象を見つける。

 そうだ、その男は何の感慨も無く、書類に刻まれた書き損じに横線を入れる様に淡々と少女の命を奪ったのだ。

 そんな事などあってはいけない、ではあってはいけない事を行った人間は次に何をやるか? つまりは、目撃者に対して何をするか?

 やっと真面に動き始めた思考回路が導き出した答え、己の身の危険を感じた問夜は咄嗟に床を蹴り、一目散に部屋の奥へと逃げようとして――

 「へぶっ!」

 玄関先に置かれていたスリッパにつまずき、顔面からフローリングへとダイブした。

 「あノー、ダイじょうぶですカ?」

 「うわぁあああ!! 来るな! 来るな!!」

 鼻から止めどなくあふれ出る血で顔を汚しながらも、必死に床を這って移動する問夜は、ふと二つの違和感に気がつく。

 先ずは、とどめを刺す絶好の機会なのに男が何もしてこない事。

 そして、頭を銃で射貫かれた筈のトーヤが、ケラケラと大声で笑い転げている事だ。

 「へ……?」

 本日二つ目の間抜けな声を上げた彼は、トーヤが傷一つ無く、ましてや先程の体調不良すら無かった様子で鼻血面に大爆笑している事を再確認してから、ゆっくりと男の方を振り返る。

 「お前……今何を?」

 確かにトーヤはこの男に銃で撃たれた、それは間違い無いのに、彼女は傷一つどころか、先程までの体調不良すら無かった事になっている。

 パーセプションを使えば其れと似たトリックは可能かもしれない、だが、生憎な事に問夜は今現在端末の電源を落としたままだ。

 そうなると、一体何が起きたのか。

 「余計な物ヲ削除しまシタ」

 相変わらずのきつい訛りを残したまま、男は当然とばかりの様子で告げ、遅れて何か思い出した様子で言葉を繋いだ。

 「ア……それだケじゃ判らないですよネ、イマ言った余計な物とハ、彼女ノ体の中ニあっタ病原菌ノ事デス」

 「……へ?」

 本日三回目のテンプレートを口にした問夜は、本始動が始まった頭のチョークを引くと、今ある情報を無理矢理燃焼させる。

 確かにトーヤは先程まで酷い体調不良だった、そしてその原因が男の言う通り何かしらの病気、つまり感染症の類いにかかっていたのなら、その病原菌を無くせば体調は瞬く間に回復する。

 だが、それを行う為に銃を使用する人間は居ない。

 通常は抗生物質や抗菌薬と呼ばれる類いの物を利用し、効果そのものも比較的穏やかな筈である。

 なのに、今現在トーヤは先程までの様子とは打って変わって、元気そのものと言わんばかりの様子でケラケラと笑い転げている。

 だが、男の言う通り、病原菌を『削除』すればそれは可能である。

 コンピュータウィルスそのものをストレージから消す様、足に絡まった紐を鋏で切る様、原因そのものを全て瞬時に取り除けば、その効果も瞬時に表れる。

 だが……

 「『削除』ってなんだよ、そんな事出来る訳――」

 「ア! そうでシたね! 私ノ説明不足デしタ」

 問夜の言葉を覆い隠す様、男は相変わらず無茶苦茶な訛りのある声で続けた。

 「彼女ハ、人間でハありませン、そシて、私ハあなた達デ言う所ノ宇宙人と呼ばれる存在デス」

 「……へ……?」

 本日4度目のテンプレートを口にした問夜は、意味不明な出来事と発言の詳細を得る為に、しばしこの奇妙な男の言い分に耳を傾ける事にした。






 突如この家に押しかけたスーツ姿のこの男の名前は『グロウ』、トーヤの世話係や教育担当を受け持つ人物であるらしい。

 しかしながら、彼曰くグロウという名前も、そして自分の役目も、正確には全く違うと言う。

 彼が先程から口にしている『自分は高度な文明を持つ宇宙人だ』という設定の元だと、彼の本来の名前は人間が使う音を利用した言語体系の下では発音が不可能である為、便宜的に名乗っている名前との事で。

 上記と同じ理由から、便宜的に人間にも判りやすい様、人間の持つ文化の中で最も類似した意味合いの役目を己の立場であると主張している。

 正直、この男の頭の中には季節外れの花々が咲きほこっているのだと思う。

 だがここでそんな事を突っついても、この男の頭に生えた草花は枯れるどころか一層大量の種をばら撒く事をなんとなく悟った彼は、苦虫を噛み潰した様な表情で話に耳を傾け、では何故トーヤが人間では無いのかと尋ねた。

 すると直ぐに答えは返ってくる。

 どうにも『自(中略)――人だ』という設定の中では、彼等は大昔から人間を観察し、いつか人間と交流を図るため、その下準備をしているのだと。

 その方法こそ、トーヤと呼ばれる存在である。

 グロウの言葉を(あくまでも上っ面だけだが)信じるのなら、彼等と人間のコミュニケーション手段や文化には大きな違いがあるらしく、まずその相互理解の壁を乗り越える為のジョイントとして、『合成生命体』?と呼ばれるトーヤを初めとした存在が居るのだと。

 そしてそのトーヤに人間の文化や人間らしい振る舞いを行う様、日々教育をしているのだと。

 「んでお前はその合成生命体ってやつが一匹逃げ出したんで、大慌てで回収に来た、そういう『設定』か?」

 「イイエ、設定デハありませン、事実デス」

 あきれ顔の問夜に反して、グロウは至って真面目な表情で返す。

 「……あー、うん……そうだったな……」

 変な頭痛を覚え始めた問夜は、額に手を当て大きく溜息をしてから返す。

 そもそもの疑問として、先程の発砲騒動の仕掛けが気になるが、初めからトーヤとグロウが手を結んでいたのなら、安っぽい演技の一つや二つ打てばどうにでもなる。

 なんでこんな訳の分らない連中に巻き込まれたのかと思いはするが、これ以上意味不明な設定を語る二人を家に置いておく義理は無いと、問夜は話を無理矢理まとめにかかる事にした。

 「そんで? そんな大層不思議な設定を信じるとして、どうやって今の今まで人間の目を誤魔化してきたんだ?

 どうせ出てこないんだろ? さぁさぁ帰った帰った!」

 投げやりで一方的なその言葉に、グロウは当然とばかりに口を開く。

 「パーセプション技術、それがあれバ簡単デスよ」

 「まーたそんな変な設定を――」

 「いエ、貴方ハ経験シタでは有りませんか、彼女ヲ通して」

 そう言ってグロウはトーヤを指し示し、問夜はトーヤを。

 パーセプションを通しては認識出来ない少女のドングリ眼を見つめる。

 「思考検索が出来るト言うこトハ、思考にブロッキングヲかけル事も可能デスよネ?」

 「お前、何を……」

 「大多数ノ人間ガ同じ情報ヲ持っていル、それだケで人は作られた情報モ、素直に飲み込ム習性がありマス」

 そう、グロウと名乗る存在は語った。

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Perception @sonoda3939

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