トウヤ視点3
「きゃーえっちー!」
「……いや……それ目をかっぴらいて言う台詞じゃねえだろ」
っと、言葉とは真逆に羞恥心の欠片すら見せない相手に対し、そんな言葉を反射的に投げつつ、問夜は驚きを隠せないでいた。
状況としては問題があっても不自然な状況では無い、あくまでも脱衣所に自分以外の人物が居るだけだ、しかしその状況がどうして生まれたのか、それが全く理解出来ないのだ。
「お前……どうやってここに来た?」
少なくともこの少女とは浜辺ではぐれた後、姿を一切確認出来ていない。
万が一の可能性として問夜に感づかれない様に背後をつけていたとしても、自分の家の中、ましてや脱衣所という狭い空間に入るまでその気配に気付く事すら出来ないのはあまりにも不自然な出来事なのだ。
だが、そんな疑問を余所に少女は頭の上のリボンを揺らして告げる。
「どうやってって、ずっとついてきてたよ?」
「俺に気付かれずにか?」
「何言ってるの? 無視したのはおじさんの方じゃん」
「無視? する訳ねえだろ、ずっと探してたんだぞ」
そんな問夜の返事に対し、やはり彼女は想定外の言葉を返す。
「探すフリをしてただけじゃん! 私ずっとおじさんの目の前に居たし袖も掴んでたのに一人でぐいぐい進むんだもん!」
「そんな事あり得る訳……いや……理由は後でちゃんと聞かせて貰うから今は親を――」
真顔で嘘としか捉え様の無い発言をする相手を余所に、とりあえずこの少女の処遇をゆだねるべくパーセプションを起動した刹那、疑問は言語から視界の領域へ浸食を始めた。
「――!? あれ……」
目を離した訳では無い、だが、視界の隅にパーセプションの起動を知らせるダイアログが流れた刹那、少女の姿が消えていた。
「何が……」
それはあまりにも冗談みたいな状況だった、幾ら小柄と言え一人の少女が一瞬の間に姿を消す、そんな事あり得る筈が無いのだから当然だ。
だが、見渡す限り自分一人しか居ない空間が、せせら笑う様に鎮座している。
窓ガラスについた汚れをぬぐった様、一瞬にして少女の姿だけが消えた脱衣所の中、大声を上げて少女を探すが、其れが無駄な足掻きだと判った彼は、ふと脳裏を掠めた一つの可能性に気付き、おそるおそるパーセプションの電源を落とす。
その瞬間……
「おじさんうるさい!」
視界の中心には、両耳を手で覆って抗議する少女の姿があった。
目の前で美味しそうにジュースを飲むこの少女に対し、判った事を頭の中で羅列させてみる。
その1、この少女は今現在親からはぐれている事、これは見たままで判る情報だ。
その2、この少女の名前はトーヤという一風変わった名前の持ち主である事、この点は彼女が外国籍の人物であると考えれば納得が出来る。
その3、この少女はかなりクセのある性格をしている事、これも今までのやり取りで十二分に判った事だ。
そしてこの次が問題の情報だ。
その4、この少女は、パーセプションを使用している人間には認識が出来ない事。
「本当にどうなってんだこれ……」
テーブルを挟んで向き合ったまま、問夜はパーセプションのオンオフを切り替えるのに合わせ、姿が消えたり見えたりするその姿に疑問符を浮かべる。
「逆なら判るんだが……なんでパーセプションを起動すると見えないんだよほんとに……」
この少女がパーセプションが生み出した幻影の類いなら、端末の電源を落とせば姿が消えたとしても納得が出来るが、問題は彼女は端末を起動したら姿が全く見えなくなる事なのだ。
つまり、この少女は確かに実体がある存在で、それがどういうわけかパーセプション越しには認識出来ないのだ。
「本当にどうなってるんだよこれ、お前は判らないのか?」
「知るわけないじゃーん」
本日何回目になるかも判らないやり取りをして、問夜は頭を抱える。
昼間浜辺でトーヤと出会った際、彼は『自分に付いてこい』と指示を出した直後にパーセプションを起動した。
その結果、トーヤは律儀に問夜の背後を付け、問夜は問夜でパーセプションを起動して居たが為にその事に気付かず、彼女を家に招き入れてしまったのだ。
ひとまずこの状況なら一旦警察なりに届け出をするべきなのだろうが、姿が見えない相手の迷子届けなど、警察でも到底信じてくれるとは思えない。
「兎に角これはどうするべきか……兎に角お前はどこから来た?」
「『お前』じゃない! トーヤ!」
「ああ悪かった、トーヤはどこから来た? 住んでた町は? そのくらいは言えるだろ?」
「えーとね、よく判らないの」
「またそれか……ったく、お前は何者なんだよほんとに」
嫌と言う程耳にした言葉に溜息を投げ、問夜は椅子にちょこんと腰掛けたトーヤに『動くな』と指示を投げ、パーセプションを再び起動する。
「兎に角情報を……」
彼女を構成する確かな情報を手当たり次第検索にかけ、少しでも有意義な情報が無いかと彼は思案を巡らせるが、やはり検索にかかるのはどうでも良い情報ばかりだ。
名前だけでも検索の役に立たないかと考えたがそちらの結果も同じだ、彼女とは全く関係の無いと思われる人物や商品の名前が数点表示されるのみで、肝心な情報は検索の網には引っかからない。
となれば、やはり本人に手当たり次第質問を投げ、少しでも役に立つ情報を聞き出そうと考え、ダイアログが消えた視界の中テーブルに突っ伏すトーヤに向き直る。
「おい寝るな、とりあえず答えられるところからで構わんから質問に答えて貰うぞ」
しかし、そんな質問に対してトーヤは無反応。
「聞いてるのか?」
そう口にし、頭の上に乗った大きなリボンを指で突くが、やはり反応は無い。
「寝てんのか?」
流石に妙に思った問夜は、今度は彼女の頭を直接突くが、柔らかな髪の毛の感触が伝わるのみで、やはり反応が無い。
そこでいい加減苛立ちを覚え、今度は椅子から立ち上がり方を掴んで机から引っぺがした時、トーヤが息も絶え絶えな状況で苦悶に顔を歪めている事に気付いた。
「――っな! おい大丈夫か!」
「……き……ぁ……」
言葉にならない声を上げ、口をぱくぱくと動かすその姿は兎に角弱々しく、それが冗談や悪戯の類いでは無い事は明らかだった。
「おい! 兎に角病院にて……」
幸い問夜の家から病院までは近い、その為救急車を呼ぶよりも自分が直接彼女を病院に連れて行った方が早い筈だ。
そう思った彼は、冗談の様に体温が高くなった彼女を抱きかかえると、駆け足で玄関へと向かいその戸を開いた。
その瞬間。
「どーモ始めマシて、トーヤがお世話になってまス」
そんな酷く訛りの強い言葉を放つ人物が玄関先で出迎えていた。
「驚いてイるみたいでスネ、ですがイまはまずトーヤの体調が心配でス」
初めからここで待っていたのか、問夜の疑問符などまるで無視した様子で、スーツ姿の男はそう告げ、懐へと手を伸ばし何かを取り出す。
「お前トーヤを……ってか誰だ?」
「安心シてください、私たチは余分な物を削除シに来ただけでス」
そう言って引き抜いたのは、L字型の見慣れない道具だった。
だが、初めて見る其れを、問夜は銃器の類いであると瞬時に悟っていた。
何故なら、引き抜かれた其れを男はトーヤの頭に押し当て、引き金を引くと同時に乾いた破裂音が響き、一瞬の間を空けてトーヤの体が腕の中でびくりと跳ねたからだ。
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