ソラ視点3
「人の金で食べるアイスは美味い!そうは思わんかね、姉上」
「姉上って……。まあ、私も奢ってもらってるから責めれる立場じゃないけどさ」
「ふふー」
やたらと上機嫌なコトハはアイスを頬張ってご満悦のようだ。
現在はフードコートでスイーツを食べながら、高校生らしく居座っている。
男子生徒からお金を巻き上げた妹はその足でショッピングモールに向かい、欲しかったゲームソフトやら漫画やらを買っていた。
今の時代、書籍もゲームも“パーセプション”を通して決済してその場でダウンロードできるのだが、紙の本やパッケージのゲームは未だ無くなっていない。
「なんでも拡張現実で済んじゃうけどさ、そればっかりじゃ味気ないかんね」というのがコトハの言だ。
「そんなに豪遊してますけど、コトハさんや。そのお金は全部彼らのものかね?」
「あたぼうよー。全部使い切っちまったさー。宵越しの銭は持たない主義でねえ」
怪しい江戸っ子口調で堂々と言い切るコトハ。
「いくらだったかは存じ上げないけど、哀れ……男子生徒諸君のお小遣い……」
「ふふふ、勝負は始まる前に終わっているのだー。あ、お姉、それ1口ちょうだい」
そう言って勝手に私のチョコミントアイスに手をつける。
「コトハのお金だし、別にいいけど……それより、そろそろ種明かししてくれる?」
「はにほ?」
「喋るか食べるかどっちかにしなよ」
「……もぐもぐ」
「そこで食べる方を選ぶあたり、さすがマイシスター」
我が妹ながらその図太さには感心する。
まあ、そうでなければ思いついても男子から金を搾取したりしないだろう。
食べ終わって一息ついたところで話し出した。
以下、コトハ談。
「どこから話そうかな、理数系の点数がことごとく壊滅的なお姉にも分かるように……ごめんってば涙目で睨まないでー。
えーっとさ、天気予報ってあるじゃん?あれって気象の観測データから数値予測された大気状況の推移をその地域の特性に合わせて作成されるものなんだけどね、要はそれの人間版ってかんじかなー。
学校生活を送る上で自動作成されるパーソナルデータには普段の発言とか行動がある程度記録されてて、まあそれらは普通公開されてるもんじゃないから、そこはアクセス権をあれして手に入れたわけだけど――いだだだだお姉、暴力はんたいー!
……だから話すの嫌だったんだよー。いや大丈夫、アクセス権を手に入れる手段は違法とかじゃないからー。申請理由を“生徒の円滑な生活に寄与し、貢献する新しいソリューションをイノベイトしていく〜”うんたらかんたらってしたら許してもらえたの。
ん、何の話だっけ?あ、そうそうそれでね、学校生活におけるパーソナルデータを元にその人の大体の人物像を算出するプログラム“かりきゅれちゃんγ”を作ったの。情報が少ないのと技術不足で精度はとても荒いものだけどね。
けど“限定条件下に置かれた時”その人がどのように行動する可能性が高いかの候補を出す程度のことは出来るの。
ここまでが“かりきゅれちゃんγ”のお話ね?
それでじゃあその“限定条件下”ってどうやって指定するのかというと、それはまた別にシミュレーターが必要でねー。そこで登場するのが“しゅみれちゃんΔ”!
お姉に分かりやすく言うと、授業で物理演算ソフト使ったでしょ?AR上の鉄球を投げた時にどのような動きをするのかをシミュレーションする実験。“しみゅれちゃんΔ”はそれの延長線で、今日の例でいうとあの4人の動きを仮想空間上で試すためのソフトなの。ついでに前提条件を入力すれば最善解を導いてくれる便利機能付き。
えーっと、つまりね、まず“しみゅれちゃんΔ”で4人を仮想空間上に配置して、状況を設定します。次に“かりきゅれちゃんγ”でその状況下で行動しやすい可能性を順に算出しましてー。次に私がどのように動いたらベストかを“しゅみれちゃんΔ ”が導くの。将棋みたいなものだね。相手の動きに対して自分がどう動くべきか、みたいな。相手の行動を逆算して最善手を考えてくれるんだね」
そこまで話して、コトハは一息ついた。
私はある程度噛み砕いてくれたであろうその説明を反芻してゆっくりと理解していった。
「じゃあ、天気予報みたいって言ってたのは……?」
「そう、平たく言うとあらかじめ人の行動を予測できるってこと。だから勝負は始まる前に終わってたのだーってね」
「それは……」
それは、かなり凄いことなんじゃなかろうか?
私はそういったソフトウェアやプログラムのことには疎いので、妹が語ったような発想を叶える既存のソフトがあるのかは分からない。けれど、それを“一人で”作った妹は身内贔屓抜きに見ても尋常ではないことが分かる。
「ふふー、お姉も薄々気づいてるようですなー、妹の凄さに!さらにさらにですねー、“しゅみれちゃん Δ”の素晴らしい機能があってね――今言ったようなシュミレートをリアルタイムで行えるのです!」
「おー……おー?」
「あ、その顔はいまいち分かってないな」
私がピンときてないのを察すると、コトハは出鼻をくじかれたように半眼になる。
「ごめん、説明して……」
「うむ。まあ、言うてもさっき言った通りなんだけどね。例えばさっきだと4人の男子がこう横並びになってたでしょ?そうすると私の視界のはじっこでは“かりきゅれちゃんγ”を元に作成された男子生徒のモデルが同じように横並びになって“しゅみれちゃんΔ”に表示されてたの。そして、常に“次の相手の行動の予測”と“私が取るべき最善手”を計算して結果をリアルタイムで算出してたーってことだよ。予習と実地での計算の二段構えだね」
「……え、つまりそれ、前もってだけじゃなくて、常に答えを見ながら戦ってたってこと?」
「そそー。まあ、まだ完全に常に正解を表示してくれるわけじゃないから、精度はまだ改良の余地ありだけどねー。あとわざと煽ったのも条件をより限定的にするためだったんだけど、いやー上手くいってよかったよ。おかげで最短で終わったし」
「我が妹ながら非道だ……」
「何を言いますか姉上。“最大限楽をするためのコストと手段は厭わない”。私はその信念に従ったのみでございますよー」
「姉上て。まあ、でもなるほどね、だいたい分かった」
マイシスターのやばさが。
「ねね、尊敬した?むしろ謙譲した?」
「謙譲は尊敬の上位互換じゃありません――ってそれさっき私が言ったやつじゃん」
普段ダウナー気味なくせに、得意気になるとアホっぽくなるあたり、私に似ているなと思った。
別段答えることはしなかったけど、尊敬はしている。
私には到底理解しきれないことをやってのけている妹には素直に賞賛してるし、誇らしく思う。
わざわざ口に出したりはしないけれど。
「さて、そろそろいい時間だねー」
伸びをするコトハを見て、思う。
コトハには“アイデアを形にする”才能がある。それは昔からそうだった。何かを作るということにおいて妹は抜きん出た能力があると思う。
しかし、個人の突出した才能は危険視され、迫害される。今日サラリと使った行動を予測するプログラムだって、下手に露見してしまえばどのように転ぶか分からない。
コトハの素質は素晴らしく――端的に言って危うい。
私はこの子の姉として見守っていかなければならない。
「どしたの?お姉」
「……いや、なんでもない。それより今日のあのプログラムは――」
「分かってるよー。今日は試運転のつもりだったし。もう小遣い稼ぎ目的には使わないよ。別にどこかに公表したりしないしね」
「ならいいけど」
「もー、お姉は心配症だなあ」
コトハはアイスの容器を片付けながら、手を振って笑った。
こうして普通にしてる分には可愛い妹だ。
「さ、家に帰ろう」
私は片付けを手伝って、帰路につくことにした。
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