トウヤ視点1

 久し振りに乗ったバス、そして初めて下りるバス停を歩いて数十分、普段はあまり嗅ぐことの無い天然の草木の香りを感じながらその場所へとたどり着いた。

 元々目的地など決めておらず、普段は使うナビにすら頼らずに向かった場所であるが為この場所が目的地と呼べるかは定かではないのだが、それでもなんとなく足が止まったと言うことは、それは今回の目的地なのだろう。

 「災害跡地……ってやつだよね……」

 その言葉……いいや、正確には自身の思考を端末が読み取ったのだろう、視界の隅に箇条書きにされたタイトルが浮かび上がるのを感じつつ、彼は端末に意識を向けその表示を消した。

 「150年前……だっけ、確かその位だよね」

 わざわざ記憶を探らなくても首に付けた端末に頼ればその疑問の答えは瞬時に表示されるのだが、あえてそんな行為には頼らず彼は自身の脳に書き込まれた情報を直接読み解く。

 彼が当てもなくたどり着いたその場所は、俗に災害跡地と呼ばれる剥き出しの墓標だった。

 自分が生まれるよりも、自分の親が生まれるよりもずっと前の時代、突如世界を覆った光によって人と動植物と土地そのものが命を失った景色は、話に聞いていたそれよりも幾分悲惨な状況である。

 本来は厚い岩盤が覆っていたであろう稜線は大きく抉れ、荒く泡立てた卵白の様、複雑に穴が開いた歪なオブジェが視界の端から端まで立ち並んでいる。

 流石に長い年月を得た結果だろう、流石にえぐれた岩の表面には苔とも芝とも判断がつかない緑色の領域が覆い、その縁には白い波しぶきが打ち付け青と緑、そして白の三色が言葉も無くそこがこの世界の果てだと言わんばかりに主張していた。

 この場所で何が起きたのか、其れを探ろうとすれば幾らでも答えが出てくるのだが、思考検索に頼らず彼は一歩、また一歩と足を進めて安全の為に設けられた柵へと歩み寄る。

 何も知らない人ならここを絶景と称すだろう、だがこの場所で何が起きたのかを考えると、友人があえて歩み寄らない理由も納得ではあった。

 そんな場所に一人立ちつくし、彼こと『問夜(とうや)』は、現実味が欠けた惨劇の跡地で一人思案に耽る。

 そんな時、錯綜を始めた思考に反応し視界の隅に再び大量の検索結果が浮かび上がった。

 「鬱陶しいな……ったく」

 普段は便利な道具だと思う、だがこの時ばかりは鬱陶しく感じた彼は、端末を外して胸ポケットへと納めて思考に走った補助線にイレーズをかける。

 補助がある世界は便利だ、だが何の気の迷いか、ふとその補助に対して形容すら定かでは無い違和を感じた彼は、朝何の理由も無く直感のみに頼りバスに飛び乗った。

 思考検索に頼る事が当たり前になった日常において、こんな無意味な行動を取る事自体新鮮で同時に不安のあるものだったが、それでもこんな景色を肉眼で見ることが出来たのならそれはある種の成果かもしれない。

 そんな事を思いながら視線を上げた刹那、彼は視界に大きな変化が起きている事に気付く。

 別に景色に変化が起きた訳でも、視界が揺れた訳でも、ましてや天地逆転した訳でもない、ただその代わりに彼の視線の先、上体を屈めるだけで鼻先がこすれてしまう程の距離に、一人の少女が居たのだ。

 「……!?」

 いつの間にやって来たのか、そもそも走って来たにしてはあまりにも速い速度で彼の視線の先に立っていたその少女は、ヘアバンドの上に乗った小さなリボンを揺らしながら疑問混じりに口を開いた。

 「大丈夫?」

 そんな言葉の後、少女は問夜が眉を上げて驚くのを確認し、年相応の柔らかな笑みを浮かべるのだった。

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