第20話 対話不足
ロミオは、ディノスを連れて再び外へ出た。朝のやわらかい日差しが、昼近くになると鋭さを増す。眩しさに二人して目を細めた。
「ディノス、痛みを知ることも大事だけど、それは自ら進んで受けるものじゃないんだよ。ほら、フェイデルも泣いちゃったてたし……」
「……泣いたままでいい」
どこか不機嫌そうに、吐き捨てるようにディノスは言った。
この短時間でわかったことだが、ディノスは別に感情がないわけではないらしい。それが皿を割って傷ついた辺りから、僅かながら変化を見せるようになった。傷か痛みか……あるいはその両方が、ディノスの抑えられていた感情を表に出す引き金となったのかもしれない。
表情が無に等しかった彼女の感情表現は、随分と小さなものだ。何も事情を知らない人間が見れば、表情が変わっていないように見えるかもしれない。……まあ、ロミオもディノスの深い事情は何も知らないのだが。それなのに何故か、今のディノスは不機嫌であるということが表情から読み取れた。
しかし、不機嫌になる理由が見当たらない。あの優しそうなフェイデルの名を出した途端に顔をしかめたのだから、原因は彼女にあると見て間違いない。
「そんな……泣いたままでいいなんて酷いよ」
「あれは勝手にわたしを産んで、勝手に後悔してるだけ。わたしには関係ない」
「えっ……?」
今ディノスは、何と言っただろうか。聞き間違えでなければ、「わたしを産んで」と言った。フェイデルは、ディノスの母親だというのか。失礼かもしれないが、二人に似通った点は全くない。髪は、ディノスが薄紫色、フェイデルが白髪に毛先が若葉色に染まっている。……おおよそその髪色が人間のものでないというところだけは似ているのか。
「ちょっと待って。……フェイデルが、ディノスのお母さんなの?」
「……認めたくはない、けど」
ディノスがこれまた不機嫌そうに頷いたため、彼女の発言は本当であることがわかる。
あのフェイデルが母親なら、何も不満は抱きそうにはない。自分がもしも彼女の子供だったら、きっとそうだ。ロミオは思った。
ディノスは何が気に入らないのだろう。それとも、気に入らないという一言だけでは片付けられない、特別な事情があるのだろうか。
「でもお母さんなんでしょう?」
「……血が繋がってるだけ。あれはわたしに消えてほしいと思ってる」
母親を”あれ”と呼ぶ。お母さんと呼ぶことも、名前で呼ぶこともない。呼ぶのを頑なに拒んでいるのか。
「とても、そんなふうには思えないけど……。どうして?さっきだって、傷ついた貴方をみてフェイデル、泣いてたよ」
「あれ、血を見るのが嫌いだから。わたしが傷ついたことは気にしていない」
いや、どう見てもフェイデルはディノスが傷ついたことに対して泣いていたようだが……と思ったが、口に出すのは諦めた。今のディノスに言ってもきっと否定されて終わりだ。
彼女ら親子に必要なのは、対話だ。ロミオは直感した。
彼女らは、母と娘でありながらこれまで面と向かって話したことがないのではないか。
ロミオはしゃがみ、ディノスと目線を合わせて笑いかけた。
「ね、ディノス。フェイデル……お母さんとお話ししようか。何もわからずじまいじゃ悲しいでしょう?」
「…………ロミオ、が言うなら」
そっぽを向きながらも承諾したディノスに、ロミオは少しだけ驚いた。
感情が希薄そうなくせしてロミオの言うことにはまるで年相応の子供のように従う。それが不思議でならなかった。
ディノスらが特殊なのはエルフやトアンクの発言からわかる。しかし、いくら特殊な出自だとしても親子は親子だ。親と子がどちらも欠けることなく存在できるのは幸せなこと。それは、孤児であるロミオには痛いほどわかっていた。
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