第18話 お花畑
ロミオらは協力して台所の惨状を片付けてしまうと、早々にそこから引き揚げ、外へ向かった。
孤児院の外は見たこともない花が咲き乱れており、足を踏み入れるのも躊躇してしまう。
しかし、トアンクは全く気にしていないというふうにその花の園へ足を踏み入れた。彼女の足によって踏まれた花は当然の茎をひしゃげられ、花弁はがくから離れ、汚く変色した。それを見たロミオは、極力花を踏まないように慎重に右足を前へ出す。
「朝ご飯を食べたら、いつも外で過ごすのよ。最近は大きな戦争もないし、出番がないから」
「戦争で出番……?」
トアンクが辺り一面の野に咲いた花のうち一つを指でつつきながら言った。その何でもないふうに発せられた言葉の後半が、ロミオの耳に引っかかった。
ロミオの気持ちを察したのか、トアンクは眉を下げて笑った。
「私たちはね、皇帝の所有する兵器なの。ずーっと昔、一人の人に生み出された」
「兵器?え、兵士じゃなくて……?」
何故、自分たちのことを”兵器”だなんて言うのだろう。トアンクたちは見るからに”人”の容姿をしている。兵士ならまだ納得できるが、そのような容姿で自分たちは兵器だと言われても混乱するだけだ。
「兵器よ。私たちは人じゃないもの。元はあの人のものだったけど、いつからか私たちはこの国の皇帝の所有物になった。戦争が起こったら真っ先に敵陣のど真ん中まで行って、そこで破壊の限りを尽くすの」
可愛らしい少女の口から「破壊の限りを尽くす」という言葉が飛び出ることに、ロミオは戸惑いを隠せない。
「なんで!?なんでそんなことをするの?」
「私たちは皇帝にあの人……凄く大事な人を盾に取られてるの。だから皇帝の言う通りにするしかないのよ」
大事な人、と言った時、トアンクの顔が悲しげに歪む。だがそれも一瞬で、すぐに元の困ったように眉を下げた笑顔になった。
「その大事な人って……?……あ、ごめん。根掘り葉掘り訊くつもりはなくて」
「ううん、大丈夫だよ。その人は、私たちにとっては”お母さん”になるのかな?ディノスやレアティカは違うけど、私とエルフとフェイデルにとっては完全に生みの親になるわけだし」
でもね、とトアンクは続ける。
「どうしてだろう……。あの人は皇帝の傍にいる筈なのに、いつからか気配が消えて、今では貴方にあの人と近い気配を感じるの」
トアンクと二人で昼の日差しを受け、花の絨毯の上に横たわるロミオは今日までのことを思い返していた。
自分はこのままあのフレール教会で、神父のもとで働いて普通に一生を終えると思っていた。しかしローエン修道士とカノンが傷だらけで帰ってきて、怒りのままに神父の言いつけを破って外へ出た。
不気味な黒衣の集団によって拉致される危機に陥ったかと思えば、彗星のごとくその場に現れたのは帝国最強の戦士の一人・シングァン。鎖を自在に振り回す彼の圧倒的な力でそこを切り抜けたが、教会に帰ることはかなわず、何故か皇帝に会うことになった。シングァンと同じように強大な力をもつマーナに連れられてきたのは、鬱蒼とした森の中にある神樹孤児院。そこの院長になることを皇帝から命ぜられているらしい自分は、状況が全く理解できぬまま、今こうしてここにいる。
孤児院とは言っているが、ここに元から住んでいるらしい五人の少年少女は特に孤児でもなんでもなく、皆「人間ではない」と言う。ここで自分が成すべきことがわからず、教会へ帰りたいと思う間すらなかった。
「ロミオ、ロミオ!」
バタバタと慌ただしく誰かが自分らの方へ向かってくる。声からして、フェイデルだ。落ち着いた大人の女性といった雰囲気を醸し出す彼女も慌てることはあるのだなとずれたことが頭をよぎる。
寝そべっていたロミオが上半身を起こすと、すぐ目の前に焦りの表情で涙を浮かべたフェイデルが膝をついていた。
「ど、どうしたの、フェイデル」
「ディノスを止めて!あの子、急に自分を傷つけだして……!」
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