虚無の少女の章

第14話 ディノスは笑わない

「なあ、ロミオ。君は料理はできるか?」

「え?ああ……うん。教会でよく子供たちの分の食事を作っていたから、できるよ」

「ならちょっと手伝ってくれないか?」


 エンディル帝国の皇帝アリシスより神樹孤児院の院長に任命され、五名の不思議な少年少女たちと共同生活を送ることとなったロミオ。院長として何をすべきなのかも、同居人たちとどう接すればよいのかすら不明瞭な状態だった。


 そんなロミオは現在、フェイデルとレアティカと並んで、孤児院の台所で朝食を作っていた。ロミオを除く住人の中でまともに料理ができるのは、最年長と思われるフェイデルと、気さくな兄か父のようなレアティカくらなものらしく、後の三人は大人しく台所を出た先の大きなテーブルの前に座っていた。

 ロミオは教会で孤児たちの料理やおやつを作ることが度々あったため、料理は得意な部類に入る。なんとなしにレアティカから料理ができるか問われ、ロミオは頷いた。そのために同居生活初日となったこの日の朝から、ロミオは台所につくことになった。


 人里から離れていて、なおかつ人を寄せ付けぬような雰囲気の森の中にありながらも、食糧庫にある食材は豊富だった。聞けば、週一度の頻度で帝国の将たちが極秘に食糧を運び込んでいるという。フレール教会のように、買い出しに出ているわけではないようだ。

 わざわざ帝国の将が誰にも見つからないように食糧を運び込む。そこまでしても、彼らを森の外へ出したくないのかと疑問に思った。

 ねえ、となんでもないふうを装って、隣のレアティカに尋ねる。

「レアティカは、この森から出たいと思う?」

 鍋をかき回していたレアティカの動きが一瞬、ぴたりと止まった。が、すぐに元通りに動き出す。

「出たいさ。でも、出たくない」

 レアティカもまた、なんでもないふうな軽い口調で言ってのけた。

 軽い口調ながらも、その奥底には負の感情が渦巻いている。これ以上は深く訊いてはいけない気がして、ロミオは口を閉ざした。

「レアティカ……できたわ」

 綺麗に皮を剥いた果物の盛り合わせと紅茶の入ったポットを盆に載せ、フェイデルがレアティカの横を通過した。

「俺たちもそろそろ盛り付けるか」

「うん」

 顔を合わせて頷き合うと、ロミオとレアティカはそれぞれが料理していたものを皿へ盛り付け始めた。


「いただきます」

「エルフ、ドカ食いはするなよ」

「うるせえ、しねえよ」

 料理の載った皿も食器も綺麗に並べ、全員で挨拶をしてから食べる。

 エルフはその流麗な見た目に反し、まるで野生児のような荒さでがつがつと料理を平らげていく。その見事な食いっぷりは、いつか喉に詰まらせるんじゃないかとハラハラするほどだ。

 レアティカは一口一口が大きい。それでもよく噛んでから飲み込んでいるから、心配はないだろう。

 フェイデルの食べ方は上品そのものだ。上流階級かと思うほど。トアンクは一口が小さい。ゆっくりと咀嚼して、食べることを楽しんでいるのだろうか。

 はっ。食べる姿を不躾に観察して勝手に分析するなんて。これではまるで彼らの親のようだ。院長に任命されたとはいえ、彼らの方がここでの生活歴は上だ。偉そうにも程がある。

 慌ててレアティカらから視線を逸らし、自分の食事にありつこうとした直前。

 ロミオの両目は、焼き魚を一口食べたところで止まっているディノスを捉えた。

 焼き魚は、ロミオが作ったものだ。不味かったのだろうか。

「……ディノス?もしかして、口に合わなかった?無理して食べなくていいからね」

「……違う」

 ディノスは一言だけ短く言うと、再び黙ってしまった。フォークを持った手も動かないままだ。

 どうすればいいのかわからず、ディノスの顔を覗き込んだ状態で固まってしまったロミオに、レアティカが助け舟を出した。

「ディノスは食うのが遅いんだ。大丈夫、心配ないよ」

「そう……」

 ロミオは腑に落ちない思いながらも、食事を再開した。


 この少女、ディノスはただ無口なだけとか、人見知りとかの類ではない気がする。もっと深刻な……そう、まるで感情がないような。

 しかしレアティカたちはまるでそれが普通であるような態度だ。

(どうにかして、ディノスを笑わせることはできないかな)

 ロミオは頭の中の引き出しをひっくり返して良い案がないか探しつつ、果物を口に入れた。

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