第13話 懐かしさ

 レアティカに手を引かれ、意外に長く続く廊下を歩くロミオ。先を行く彼の足取りはどこか軽く、落ち着いているように見えるのに無邪気にはしゃいでいるようにも感じられた。


 歩きながら、ロミオは首を動かして辺りを見回した。

 この建物――神樹孤児院は建てられてから相当な年数が経っているようで、一歩踏み出せば床はかすかに軋み、壁も白い塗装が剥がれている個所が度々あった。


「そういえば、まだ名前を聞いていなかった。君の名前はなんていうんだ?」

「ロミオ。ロミオ・アイヴィだよ」

 ロミオが名乗ると、レアティカはふっと優しく笑った。何人なんびとでも包み込むようなその笑顔は、まるで父か兄のようだ。

「いい名前だな。大事にしろよ」

「え?う、うん……」

 彼の言ったことも意味がわからず、ロミオは曖昧な返事をした。

 そうして黙ってついていくうちに、外へ出た。

 木の葉が若々しい黄緑色をしていることから、孤児院のある場所は森の中心部にあることがわかった。

 振り返ってみれば、今出てきた神樹孤児院は想像していたよりも大きく、どこかの屋敷のような規模である。外壁もやはり中と同じで白く、どこか古ぼけていた。

 そしてその外は、白、黄、桃、青、赤……と、色とりどりの花が咲き乱れている美しい花畑だった。外界に接する面の、鬱蒼と茂る木々からは想像もできない景色だ。


「あっ、いた。おーい、ロミオが起きたぞ!」

 笑顔で手を振るレアティカの視線の先には、三人の女性。うち二人は、遠目でも少女だとわかる。

 彼女らはレアティカの声に一斉に振り向き、駆け寄ってきた。

 そのうちの一人……桃色の髪をした少女が、そっとロミオの手を取り、下から顔を覗き込んできた。

「大丈夫?エルフに怖いことされてない?」

「あ……うん、何もされてないよ、大丈夫。ありがとう」

「ならいいけど……。あ、私、ティ・トアンクっていうの。これからよろしくね、ロミオ!」

 トアンクは屈託のない笑顔をロミオに向けた。その笑顔は不思議ととても安心感を覚えるもので、ロミオが戸惑うほどだった。

 トアンクの隣、背が高く毛先が若葉色の髪が特徴の女性が少し前に進み出た。その耳は鳥の翼になっており、一目で彼女が人間でないことがわかった。

「ロミオ…………私、ル・フェイデル。よろしくね」

「フェイデル……さん、よろしくお願いします」

 もうここで暮らすことは確定していて、逃げ出すことは不可能なようだ。ところどころに感じる妙な懐かしさのせいもあり、脱出を早々に諦めたロミオは、笑って挨拶する。

「フェイデルでいいわ。……ほら、貴方も。新しい院長様に挨拶して?」

 フェイデルは、自分の少し後ろに立っていた特に小柄な少女の背を押し、前に出るように促した。

「…………お願い、します」

 随分と無機質な少女だった。表情にも口調にも、感情が乗っていない。側頭部で二つにまとめた紫の髪は長く、感情があるかのように先端がひとりでにうねっている。

「初めて会う相手には、名前も名乗らないと駄目だぞ。言ってごらん」

 真っ直ぐにロミオを見上げて一言言ったきりの少女を、今度はレアティカが促した。

「…………ディノス」

「よくできました、偉いぞ」

 レアティカは満面の笑みで、淡々と名乗った少女――ディノスの頭を撫でた。一方、ディノスは褒められたというのに無表情だ。ロミオは少し彼女のことが心配になった。


「挨拶は済んだかい?」

 後ろから声がして、ロミオらは一斉に振り向いた。

 ひらひらと手を振るのはエルフ。非常ににこやかな笑顔を浮かべながら、こちらへ向かってくる。

 エルフはロミオからディノスまで一通り見回した後、一つ頷いた。

「うん、これで孤児院に住んでる奴は全員揃ったわけだ。これからは人から隠れてコソコソ暮らすことになるけど……いいかい、なんて聞かないぜ。あんたにも俺らにも拒否権がないんだから」

「う、うん。私もそのつもり。最初は混乱したけど……貴方たちとは初めて会った気がしないの。安心するような感じもするし……」

 すると、エルフは一瞬何かを厭うかのように眉を寄せた。が、すぐに元の綺麗な笑顔に戻る。

「俺は何にも感じないけど。ま、不安な気持ちよりはいいだろうさ」

 それじゃ飯にしようぜ、と言い、エルフは孤児院の中へ向かった。

 ロミオもレアティカに手を引かれて歩きだしたが、その視線の先にいるのはエルフ。

 彼は一見友好的に見えるが、どこかその好意は貼り付けただけのような気がしてならない。そういえば出会った時も、彼は自分に帰るように言っていた。

 彼は本当は、自分を歓迎などしていないのでは?そこまで考えて、ロミオは今自分が他人の好意を疑っているということに気付き、慌ててその考えを打ち消した。


 これからどうなるのかはわからない。

 あの皇帝は、何かしらの目的があるようである。だから、自分をここに放り込んだだけで後は何もしないということはないだろう。必ず何かの指示が来る筈だ。

 でも、どんなことがあっても、この妙な懐かしさを覚えるエルフ、レアティカ、トアンク、フェイデル、ディノスの五人と一緒ならば乗り越えらる気がする。

(ここで死ぬんじゃない。絶対に教会に帰る。そして、神父様に謝る)

 ロミオは心の中で自分を奮い立たせ、足を前に大きく踏み出した。

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