第11話 目覚め

 意識失ったロミオは、ずるずると崩れ落ちた。それを寸でのところで受け止めた少年は、苦々しく笑う。

「……やべ、やりすぎた。どうすっかな」

「エルフ~?」

 困ったように頭を掻く少年に、少女の声がかかった。振り向くと、桃色の髪に白いマーガレットの花を挿した少女が立っていた。足先までをすっぽりと覆う袖なしの筒衣を着ている彼女は、首を傾げつつ、少年の背後から彼の手元を覗き込んだ。そして少年の腕の中のロミオを見た途端、みるみるうちに眦を吊り上げた怒りの形相となった。

「エルフ!この人に何をしたの?まさか、死んで……」

「ばっ、馬鹿、死んでねえよ!俺がちょっと脅かしたら勝手に気絶しただけで……。それにこいつ、きっと”管理人”だぜ?」

「仮に”管理人”だとしても、こんな女の子を脅かすなんて駄目!連れて帰るよ!」

 腰に手を当て、ぷりぷりと怒りながら少女は元来た道を戻っていった。少年の方は面倒そうにため息を一つ吐くと、ロミオを抱えて少女の後を追った。

 

 ――眠い。瞼が今にも閉じてしまいそうだ。

 それでもやるべきことは山積みで、眠りこけないように頬を強く叩く。

 仄暗い部屋の中、実験台の上に横たわる一人の少女に注射を打った。

 注射器の中の液体を全て投与し終えると、少しの間があってから、少女は目を開いた。綺麗な若葉色の瞳だ。

 彼女が目を開いたことに安堵した自分は、ついに限界をとうに超えていた身体を支えていた緊張が途切れ、その場に倒れ込んだ。もう立ち上がる気力は残っていない。やっと成功したのに。でも寝たい。

 倒れたまま寝ようとすると、不意に誰かに抱き起される。

 月光のように穏やかな金の瞳が、自分を優しく見つめていた――


 額にひやりとした感触がして、ロミオは目を覚ました。

 目を開けた瞬間に映ったのは、古ぼけた白い天井。どうやら、どこかの建物の中のようだ。

(ここは……?)

 ゆっくりと身体を起こしたロミオは、そろそろと辺りを見回した。そこで、湿らせた布が膝に落ちてきた。どうやら額の冷たさは、この布が原因だったらしい。

 自分の寝かされていた寝台とその横に簡素なテーブル、そして背もたれのない椅子が一つがあるだけの、殺風景な部屋だった。ロミオの記憶には、このような場所はない。

 意識が絶える前を思い出してみる。

(確か、花を触ろうとしたらあの子に会って、それで何故か怒られたっけ……)

 ロミオが寝台から下りようとした時、ノックの音がした。天井同様に古ぼけた扉越しに、入っていい?と控えめに問いかけられる。

「あ、は……けほっ」

 はいどうぞ、と言おうとして息を吸うと、喉に鈍い痛みが走って咳き込んだ。そういえば、少年に首を絞められたのだった。

「は、はい、どうぞ……けほっけほっ」

 キイ……と少し軋みながら開いた扉の陰から、一人の少年が顔をのぞかせた。頭に金の輪飾りを着けている。

 彼は肩の辺りで無造作に切った緑髪を揺らしながら部屋に入って来た。そして、咳き込むロミオを見ると、血相を変えて駆け寄った。

「だ、大丈夫か!?気を失ってたみたいだったし……どこか痛むところは?」

 この少年からは、自分の首を絞めた少年とは違って拒絶や敵意などが感じられない。危害を加えられることはなさそうなので、ひとまず安心した。

「だ、大丈夫。ちょっと、首を絞められただけで……」

「首ぃ?……あいつ、またやったのか!」

 ロミオの言葉を聞いた少年は、パシンと勢いよくてのひらを顔に当て、天を仰いだ。

 目の前の少年の言動から考えると、彼は自分が森で出会った少年のことを知っているようだった。

「また、とは失礼だねえ」

 部屋に、聞き覚えのある声が響く。ロミオも少年も、声のした方――部屋の入口を見た。

「調子はどうだい、お嬢さんよ?」

 入口にもたれかかり、腕を組んで二人の方を見る袖なし燕尾服の少年。その顔は、不自然なほどに満面の笑みだった。

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