第9話 夜明けは近い

 女は皆弱い生き物。その認識を根底から覆された上に自分たちが絶体絶命の状況に陥っていることを自覚し、正常な判断ができなくなった賊三人には、マーナの物静かな声など聞こえない。彼らは目を血走らせて吠えた。

「俺らが下手に出てると思って調子こきやがって。ただで済むと思うなよ!」

 三人はそれぞれの武器を振りかぶり、マーナに突っ込んでいく。

 マーナはというと、相変わらずの無表情でロミオを上に放り投げる。安らかに眠るロミオの身体は、天高く舞った。

 三つ、銀の光が閃く。ロミオがマーナに受け止められる頃には、既に賊たちは絶命していた。それぞれ額、喉、胸に一本ずつ小刀が刺さっている。

 空高く放り投げられた分、受け止められる時の衝撃は大きい。それには流石に、眠っていたロミオも目を覚ました。

「……え、あ……私寝ちゃってて……何かありました?」

「ない。いいと言うまで目を閉じていろ」

 短く答え、マーナは歩調を速めた。歩く中、ロミオが目を閉じているか確認することも忘れない。


 彼女がロミオに目を閉じるように言い、その場を早足で去ったのには理由があった。

 それは、一般人に賊とはいえ死体を見せるのはよくないと、皇帝が言っていたのを覚えていたからだ。平民たちは、戦が起こるか疫病でも流行らない限りは人の死体など見ることはない。故に、突然眼前に死体でも出てこようものならパニックを引き起こし、こちらの指示などたちどころに届かなくなってしまう危険があった。マーナは、ロミオが死体を見てパニックに陥らないようにしたのである。


「開けていい」

 草原を出てしばらく歩き、死者の臭いが完全に消えたと判断したマーナは、その場でロミオを肩から下ろした。

 地面に下ろされたロミオは、ゆっくりと目を開ける。意識が途切れる前に見た時よりも、空が白んでいることに気が付いた。もう夜明けが近いのだ。

 立ち尽くしたままのロミオの前に跪いたマーナ。それを不思議そうに見つめるロミオの手を引っ張り、強引にしゃがませる。そして、無言でロミオの服の裾を少しめくり上げ、傷の程度を確認する。

 ロミオの傷は思ったよりも深く、血が滲むどころか、流れ出ていた。マーナは、こんな時、治癒術に長けた”癒雀ゆざく”がいればよかった、と思う。

 外套の内側に縫い付けてあるポケットから包帯と傷薬を取り出したマーナ。彼女はまず傷薬をロミオの患部に塗り、その上から丁寧に、しかし素早く包帯を巻きつけた。ロミオはマーナの迅速な処置に感心し、すっかり見入っていた。

「立てるか」

 差し伸べられた手を、ロミオは無言で頷いて取る。

 二人は再び歩き出した。空は、夜明けを迎えつつあることを告げるかのように、徐々に明るく、白くなり始めていた。

   ☆

「――来る」

 少女は、何かを察知するかのようにうねる長い髪の毛を軽く手で押さえ、窓の外を見やる。その顔に表情らしい色は乗せられておらず、口調も淡々とした抑揚のないものだった。

「そうかそうか。教えてくれてありがとうな、偉いぞ」

 少女の言葉を聞いた、頭に金の輪飾りを着けた少年は、笑ってまるで兄か父のように彼女の頭を撫でた。

 すると、そこへもう一人背の高い少年が姿を現した。黒の袖なし燕尾服を纏った彼は、その女と見まごうほどの美麗な貌に嘲笑を浮かべる。

「どうせまた皇帝サマの差し金だろ?……まあいい、ちょっくら様子見てくるわ。返り討ちにしてやる」

 少年は、ひらひらと手を振りながら去っていった。

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