第7話 夜の旅

 ――廃墟に立ち尽くす自分。いや、廃墟というよりは、戦の跡のような場所だ。そこに自分は立っていた。

 そしてその視線の先には、豊かな白い毛並みをもつ獣と蒼い竜が争っていた。

 獣と竜はどちらも無事ではなく、獣はその白い毛並みの大半を黒ずんだ血液で汚し、竜はその牙を折られ、鱗は所々剥がれ落ちていた。

 争う獣と竜に、自分は何かを必死に叫び続けている。しかしちゃんとした言葉になることはなく、音の代わりに血液が飛び出るだけだった。

 獣と竜を目指して走り出す。しかしあと少しというところで地面に転がっていた瓦礫に躓き、倒れてしまった。自分も獣たちと同様に相当な傷を負っているようで、立ち上がる力はもう残されてはいなかった。

 意識が薄れていく。本能で、もう死ぬのだとわかった。

 最後に見た景色。それは、獣が竜の喉笛を食い千切り、竜が獣の胸を爪で貫いた瞬間だった――


「行かないで!」

 叫んで飛び起きたロミオは、瞠目したままに胸を押さえ、荒く息を吐いた。

 全身が汗で濡れていて、平穏な睡眠でなかったことは明らかだ。

 しばらく浅く呼吸を繰り返した後、何とか深呼吸に持って行く。すると、だんだんとロミオの脳は冷静さを取り戻してきたようだった。

「私、部屋に入ろうとしたら急に何か首に刺さって……」

 意識が途切れる前の行動を思い起こす。確か、マーナに通された部屋に入ろうとした瞬間に何か針のような物を刺され、身体が動かなくなった。その後は眠っていたようで、何一つ覚えていない。今自分が座っている寝台に寝転んだ記憶さえ持っていない。おそらく、何らかの方法で意識を失った自分を、マーナが寝かせたのだろう。ロミオはそう思った。

 寝台のすぐ隣は壁で、大きな窓がついていた。その外の景色は薄暗く、夜がすぐそこまで迫っていることがわかった。

 そういえば、出発は夜だと皇帝は言っていた。では、そろそろここを出なければならないのではないか。そう思いつくや否や、ロミオは寝台から下りて身支度を始めた。身支度といっても、眠ったせいで乱れた髪を整える、用意されていた手拭いで汗を拭うなどのごく簡単なものであるが。

 身支度を終えた直後、終わるのを見計らったかのようなタイミングで部屋の扉が二回ノックされる。返事をして開けてみると、黒い外套に身を包んだマーナが立っていた。

「行くぞ。私の後について来い」


 マーナに手を引かれ、皇帝の居城・バレシウス城を出る。城門を出てもずっと歩き続けている。どうやら、移動に馬は使わないようだ。神樹の森とやらは、そこまで遠くないのだろうか。

「神樹の森って、ここから遠くはないんですね。でも、こんな賑やかそうな街の傍に森なんてあ」

「一日かかる」

「えっ?」

 森なんてあるんですか、と言おうとしたところを、マーナの淡々とした言葉の列が遮った。

「一日ですか?なら馬車で行った方が早いんじゃ……」

 マーナが嘘を吐く性格とは考え難い。だが、本当だったとして、わざわざ徒歩で行く必要があるのだろうか。徒歩で一日かかる距離なら、馬に乗るなり馬車を借りるなりいくらでも移動時間を縮める手段はある。それを何故しないのか、ロミオは不思議でならなかった。

「場所は限られた者しか知らない。知ってはならない。馬や馬車は目立つ」

 マーナは言葉が足りないと思うほどに少なく、そのわずかな言葉から彼女の伝えたいことの本質を見抜く必要があることを、ロミオは出会って数時間で感じていた。

 要するに、彼女は「神樹の森の場所を知られないため、目立つことは避けたい」と言いたいのだ。

「ロミオ……といったか。黙ってついて来い。何かあれば守るから、一言もしゃべるな」

「わ、わかりました。よろしくお願いします」

 本格的に夜のとばりが降り、街道の端を歩く二人の姿を照らす灯りは月と星の明りのみとなった。

 マーナの手を握り返しながら歩くロミオは、自身のうなじに光る物――マーナが取り付けた発信機が付着していることに気付かなかった。

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