第5話 帝都来訪

 時々休憩を挟みつつ、馬で駈けること数時間。夜明けの光が大地を照らし始める頃に、馬は目的地の前で足を止めた。


「さあ、着いた。ここに君を待っている人がいるんだ」

 ロミオはシングァンの手を借りながら下馬する。そして、目の前にあるものを見た瞬間、驚愕で思わず硬直してしまった。

 ロミオの前には、巨人が余裕でくぐれそうな門と、その向こうに大きな建物の集合体があった。集合体の奥には、天をも貫かんばかりにそびえ立つ、長い塔もある。その様はまるで、貴族か王族が暮らす城だ。

 荘厳な建物たちに圧倒されているロミオを見て、シングァンは苦笑した。

「凄い……。こんなに大きな建物、初めて見た」

「今からこの中に入るんだからね。今のうちから驚いてちゃ心臓がもたないぜ」

 シングァンは自然な動作でロミオの手を取り、歩き出した。ロミオ彼に半ば引きずられるようにして、門をくぐった。


 門をくぐると最初に二人を出迎えたのは、広大な庭園に宿る、美しい草花たちだった。丁寧に切り揃えられた植物がある中で、ごく自然の状態でのびのびと葉を茂らせている大樹もある。それらが融合してこの庭園の美しさを際立たせていた。

「ここはどこなんですか?偉い人のお屋敷……?」

「それでだいたい合ってるかな。ここはエンディル帝国の皇帝が暮らす城・バレシウス城だよ。現皇帝アリシス様は、ずっと君のことを捜していたのさ」

 思いもよらない答えが返ってきて、ロミオは困惑した。

 ただの孤児である自分が何故帝国の中枢たる場所を歩いているのかも、皇帝が自分を捜していたことも、何もかもが謎だった。

「皇帝!?ど、どうして皇帝が私なんかを捜していたんだろう……」

「それはアリシス様に直接訊けばいいことさ。さ、少し急ごう。アリシス様がお待ちだ」

 シングァンはロミオの手を引いたまま、早歩きになる。シングァンのよりも歩幅が小さいロミオは、今までも後ろについて歩くというよりは引っ張られている感覚の方が強かった。それが急に早足に切り替わったものだから、ロミオは自然と小走りになる。

 二人はそのまま庭園を抜け、城の中へと入っていった。


 城の中は、優美の一言に尽きた。

 天井には誰が描いたのだろうか、美しい女神が天使と戯れる絵が描かれており、吊るされている大きなシャンデリアは床から見上げた状態でも細かな装飾が施されていることがわかる。内壁は外壁と同じく白色で、一切の汚れもなかった。

 城の中ともなると、城仕えの女官や貴族、そして巡回している兵士たちの姿を多く見かける。ここは本当に帝国の中心部なのだと実感するのに、そう時間はかからなかった。


 回廊を渡っては階段を上り、廊下を歩いては階段を上りと、シングァンは迷いなく階上へ進んでいく。どこまで登り詰めるのだろうか……とロミオは内心で疲労のため息を吐いた。

 ロミオが小走りに疲れてきた頃。シングァンはようやく、一つの扉の前で止まった。その扉は、今まで見てきたものよりも大きく、装飾も細やかだった。

 シングァンは扉の両端に立っていた、槍を持った兵士の片割れに何かを告げた。兵士は心得顔で頷き、扉に手をかけた。

 重い音を立て、扉が開いていく。

「四獣が一人、星龍のシングァン、ただ今任務より帰還いたしました」

 扉が完全に開ききった時、シングァンはその先の部屋へと足を踏み入れた。

 大理石の床の上、赤い絨毯が敷かれた先には、一つの玉座があった。その前まで行くと、シングァンはロミオの手を離して跪く。ロミオは突然シングァンが傅いたことに驚いたが、彼に軽く衣服の裾を引っ張られ、自分も跪かねばならないことを悟り、そうした。

 ふいに、前方から声が降ってきた。

「ご苦労だった。次の任務までの間、休むがよい」

 厳かな女性の声だった。発言からしてどうやらシングァンを労わっている様子だが、声に温かみが感じられない。むしろ、胸に氷柱を突き立てられているかのような気さえする。

「はっ。ありがたき幸せ」

 シングァンは短く礼を告げ、頭を垂れた。

「して、その娘が例の者か」

「はっ。帝国北の草原にて堕天教団の者に襲われていたところを保護しました」

 冷たい声はシングァンに向けられているようだが、その声の主の意識は、間違いなく自分に向いている。ロミオの背を、冷や汗が伝った。

「娘。顔を上げて名を名乗れ」

 そこでようやく、顔を上げる許しが出た。ロミオはそろそろと顔を上げた。

 ロミオの双眸は、玉座に座る女性の姿を捉えた。姿勢を崩すことなく、ただじっと座ってこちらを冷ややかに見下ろしている。この人が皇帝アリシスなのだろう。なんと瞳の冷たいことか。

「わ、私はロミオ・アイヴィ、です。北の……フレール教会に住んでいます……」

「ロミオ……か。私も名乗ろう。私はアリシス・メル・エンディル。エンディル帝国の十三代目の皇帝だ」

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