第3話 黒衣の集団

 しばらく怒りを原動力にして走ったロミオは、途中でふと立ち止まる。

「この馬車……ローエン修道士とカノンが乗っていたものね」

 暗がりの中で、転倒した馬車が風に煽られていた。そこには馬の姿はなく、馬車本体は所々破損していた。経年劣化というわけではなさそうだ。

 少し近付いて見てみると、馬車の周りに血が飛び散っているのがわかった。後を追っていくと、見るに堪えないほどズタズタに惨殺された人間が打ち捨てられていた。馬車の付近に倒れていた人間……そして、ローエル修道士は「御者はやられた」と言っていた。そこから考えるに、この死体はこの馬車の御者だろう。

「うっ……こんな、こんなに酷い殺され方を」

 初めて見る、人間のむごい死体。腐敗臭も既に漂っており、ロミオは吐き気を覚えてその場に蹲る。

 ひとまず馬車から十分に離れ、新鮮な風の匂いを吸って吐いて、身体の中の空気を入れ替えた。

 深呼吸をしたことで、ロミオの頭はいくらか冷静さを取り戻した。

 今自分は、神父の言いつけを破っているのだ。普段買い物をする町よりも遠くにいることはわかる。これが神父に見つかれば、今度からは軽い監視がつくかもしれない。

「神父様、戻ったらなんて言うだろう……」

 でも、あの優しく慈悲深い神父のことだ、このままあてもなく襲撃者を捜し続けるよりも、教会に戻って素直に謝った方がきっと許してくれる。そう思ったロミオは、元来た道を戻るため、踵を返そうとした。


 その時だった。


 一陣の突風が、ロミオの周りを吹き抜けた。そのあまりの強さに、ロミオは思わず目を閉じた。

 再び目を開けたその時、ロミオは、自分の周りを人の気配がぐるりと囲んでいることに気が付く。

「あ、貴方たち誰?」

 暗闇のせいではっきりとした姿はわからないが、彼らが皆頭からつま先までを覆う黒衣を纏い、顔をあらわにしていないのだけはわかった。

 警戒するロミオの前に、黒衣の群れの中から一人が進み出てくる。

「我々にはお前が必要なのだ。共に来てもらうぞ」

 その言葉と共に目の前の黒衣から伸びてきた手は、ロミオの手首を掴む。

「いやっ、離して!」

 ロミオはなんとか手を振りほどこうと、必死にもがいた。しかし、金属か何かで固定されてしまったかのようにがっちりと掴まれているため、そこから逃げ出すことは不可能だった。

 抵抗するロミオを、黒衣は不気味な笑い声を響かせて引きずっていく。

(私、このままどこかに連れていかれて、殺されるのかな……。神父様、ごめんなさい、言いつけに背いたばかりか、もう帰ることはかなわなさそうです……)

 夜の草原を引きずられていくロミオの中を、教会での日々が駆け抜けていった。死ぬ前の走馬灯にも似たそれを見たロミオの心は、諦めと死の絶望に支配されつつあった。

 抵抗をぱたりと止めたロミオを見た黒衣の一人は、怪しげに揺れる笑い声を立てた。

「ふふ……すっかり大人しくなったな小娘。自らの運命を受け入れたか」

「そいつはどうかな」

 不意に、この暗闇には不釣り合いな若い男の声が響く。黒衣たちはその場に立ち止まり、周囲を見渡した。

「誰だっ!?」

「まずは自分から名乗りな。小さい頃教わらなかったのかい」

 ヒュンと風切り音を立てた何かが飛来し、ロミオの手首を掴んでいた黒衣の首に巻き付いた。黒衣は動揺し、ロミオの手を離す。

「ひっ、こ、これは……鎖!?鎖が、私の首に……ううっ!」

 黒衣の首に巻き付いたのは、銀の輝きを放つ鎖だった。それはぎちぎちと首を絞め、黒衣の呼吸を阻害する。何とか外そうと鎖に手をかけるが、その指すらも絡めとられ、使えなくなった。

「馬鹿め。俺の使う星鎖せいさを甘く見ると痛い目に遭うぜ」

 黒衣たちに動揺が走る中、再び若い男の声がした。

「我々の邪魔をする者は誰であろうと容赦はせん!」

 黒衣の一人が、大地に片手をついて呪文を詠唱する。それは、現代の言葉ではない。古代語だ。

 詠唱し終えると、地面から土でできた大蛇が姿を現した。大蛇は、鎖の伸びている方向に向かって一直線に這っていく。

 鎖を握る人物の数歩前まで迫った大蛇は、流星のごとき速さで伸びてきた三本の鎖によって捕らえられた。土蛇はあっという間に鎖に締めつけられ、粉々に砕かれてしまった。術を放った黒衣は、悔しそうに歯噛みする。

「ええい、いい加減に姿を見せたらどうだ!」

 しびれを切らしたように、黒衣が一人、土蛇を五匹ほど生み出す。蛇は皆大口を開けて鎖の主へ襲いかかった。

「無駄だって言っているのがわからないのかい」

 銀に光る鎖は、まるで鞭のようにしなり、蛇を順番に打ち砕いていく。鎖の奥から響く声も、余裕そうである。

「そんなに俺の姿が見たいのか。ならとくと拝ませてやろうかね」

 黒衣の一人を拘束する鎖を持った人物が、ついにロミオと黒衣の前に姿を現した。

 鎖を握っているのは、赤い布地に金の縁取りをした派手な衣を纏う青年だった。長い黒髪を後ろで一つにまとめたその青年は、不敵な笑みを浮かべる。

「俺はシングァン。星龍せいりゅうのシングァンだ」

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