第2話 襲撃の怒り

 教会の入口では、子供たちが二人の人を中心に輪を作っていた。子供たちの表情、そして何より、中心の二人――修道士と教会の孤児が擦り傷やら切り傷を全身に負っていたことで、その騒ぎが悪い方向にあるのは一目瞭然だった。

「ローエン修道士、カノン、その怪我は一体……!?」

 子供たちの輪をかき分けて中心まで行くと、ロミオは間近で見た彼らの傷の深さに思わず悲鳴を上げた。

 ローエン修道士は、頬に涙の跡を幾本も走らせている孤児カノンを抱いていた。その顔も身体も、殴られた打撲痕や刃物で切り付けられた痕などで埋め尽くされており、お守りを届けに行っただけとは考え難かった。ロミオの呼びかけに、彼はゆるゆると顔を上げた。その顔は疲れ切っており、生気も感じられぬほどだった。


 ローエン修道士とカノンは、教会から馬車で一日かかる村までお守り袋を届けに行っていた筈だ。馬車に乗って行ったし、途中の道は特に治安が悪いわけではない。まるで夜盗か何かに襲われたかのような姿の二人を目の当たりにしたロミオの胸に、怒りがふつふつと湧き上がる。

「帰りの馬車が何者かに襲われたんだ……。御者はやられて、私たちが狙われた。その場に留まっていた馬車馬で逃げてきたが……カノンがこの状態で」

 修道士の腕の中では、身動き一つとしないカノンが虚空を見上げていた。その表情は虚ろで、目には何の感情も浮かんでいない。襲われ、逃げている最中からこの状態なのだという。


 フレール教会で暮らす孤児の中では中堅にあたる十歳の少女カノンは、信仰深く働き者で、その天使のような優しさを分け隔てなく与える幼き人格者だった。真面目で勤勉な彼女はよく年下の子供たちに、自分が覚えた読み書きや神話を教えていた。

 だがその天使のような人格の反面、心が人一倍弱かった。それは、生まれ育った村で実父に受けた虐待からくるものだった。実父と同じような大柄な男性や大声、暴力を目の当たりにするとショックで意識を飛ばしてしまう彼女の前では、やれ戦ごっこだ、兵隊だと騒ぐ幼い少年たちも大人しくしていた。

 それが、夜に突然襲われ、怖い思いをしたのだろう。ローエン修道士によれば、この日のカノンは気を失ってはいないが、何を話しかけても言葉にならない文字を口にするだけだという。気を失うよりももっと悪いことが起こっているのは確かだ。

「カノン、カノン、大丈夫?怖かったよね、でももう大丈夫だから」

 声に反応したカノンは、ぎこちない動作で顔をロミオの方へ向けた。

「……あ…………え…………」

「私が部屋まで連れて行こう。皆もカノンの看病を手伝ってくれ」

 修道士はそう言って立ち上がると、他の子供たちを引き連れて教会の奥へ入っていった。

 その場に残されたのは、怒りに身を震わせるロミオのみ。

 教会に住まう人間たちは、血のつながった者のない自分にとっては家族だ。その家族を傷つけられたことで怒りが頂点に達しているロミオは、正常な判断ができなくなっていた。

 拳を握りしめ、教会の扉を開ける。外はすっかり夜の闇に支配され、その上風が強く吹いていた。

「カノン……待っててね。私が貴方を襲った犯人を捕まえるから」

 教会から飛び出した瞬間に、神父の悲しそうな顔がロミオの脳裏をよぎったが、慌てて打ち消した。

 その日以来、教会でロミオを見た者は誰一人として現れなかった。

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