神の樹の子供たち
羽壬ユヅル
第1話 フレール教会
元々、夜は寝付きのいい方ではない。今日も今日とて冴えてしまった両目を手で覆い、ロミオは寝台に寝転んだ。
ロミオ・アイヴィは、エンディル帝国の北部にあるフレール教会にて住み込みで働いている。主な仕事は、教会の保護している孤児たちの世話や買い出し、教会の掃除などの雑用だった。
蜘蛛の巣の張った倉庫の整理や、服が汚れる雨の中での畑仕事。他の人間がやりたがらない作業も、ロミオは嫌な顔一つとせずに進んでやった。
ロミオが進んで汚れ仕事を引き受けるのには、二つの理由があった。
一つは、ロミオ自身もまたこの教会の孤児であったこと。生まれて間もない頃にあった紛争で両親を喪い、フレール教会の神父に拾われたのだ。物心つかないうちに教会に引き取られたため、ロミオは自分の両親の顔を知らない。周囲はそんな彼女に同情したが、親の顔を知らないだけでこれといった苦労はないため、己の境遇を憐れんだことはなかった。
もう一つは、ただ単純に、ロミオが汚れることを厭わないことにあった。ロミオ以外の修道士や修道女が汚れを避けているわけではない。彼らも普通に掃除や土いじりはする。ただ、修道士や清廉な乙女である修道女たちの中には、地面を這ったり空を飛んだりする虫が気持ち悪く思えるようで、触れない者が多くいたのである。だから、たまに悲鳴を上げながら畑に種を蒔いている修道女を見かけるとロミオがその替わりを買って出るのであった。
フレール教会は決して裕福ではない。だからあまり贅沢はできず、野菜は教会裏の畑で自給自足がほとんどであった。ただ、フレール教会の神父の優しい人柄や穏やかな物腰は多くの人に好かれており、付近の町村から寄付と称した食物や金が届くことが度々あったため、毎日飢餓に苦しむほどでもなかった。
帝国と密接な繋がりを持つ大聖堂などは王侯貴族たちの納める税金で成り立っており、安定した暮らしを送っていた。しかし、フレール教会のような辺境の土地にある小さな教会や孤児院には、その税は行き届かない。故に、貰い手の決まらない成長した孤児らの多くは、昼は働きに出ていた。
ロミオももうすぐ十六になる。普通ならば、町で働き始めてもおかしくない年頃だ。それでも職に就いていないのは、神父から教会の外を長時間出歩くことを禁じられているためだった。そのため、買い出しがない日は一日を教会の中で過ごす。
他の孤児たちは、教会を少しでも楽にするためにと労働に精を出しているというのに、自分には何故、金を稼ぐことも外に長い間出ることも許されないのか。ロミオは十歳の頃、一度だけその理由を尋ねてみたが、ただ「十六歳になるまで待ってほしい」と言うだけだった。
その十六の誕生日も明後日と、目前に迫った。誕生日といっても本当の生まれた日は死んだ両親のみが知るため、正確には神父に拾われた日だが。
「明後日には、私が長い間外に出ちゃいけない理由がわかるんだ……」
ロミオは、一つ寝返りを打って目を閉じた。
ロミオの誕生日前夜。教会の広間では、いつも通り祈り唄を歌う子供たちの声がこだましていた。ただ一つ、毎日の光景と違う点は、彼らの前に神父がいないことだ。神父はいつも、歌う子供たちの前でオルガンを弾く。それが今日は、教会の修道女が演奏をしていた。
「神父様、今日はいないんですか?」
子供たちの、幼いながら揃った歌声を聞きながら廊下を歩いていたロミオは、近くを通った修道女に尋ねた。すると、修道女は困ったように眉を八の字にした。
「外に気になることがあるらしくて。夜中までには戻るとおっしゃってたけど……」
「そうですか……ありがとうございます」
力になれなくてごめんなさいね、と修道女は謝った。
そこで、教会の入り口の方が何やら騒がしくなっていることに気付く。
「どうしたのかしら?」
「私、様子を見てきます」
首を傾げる修道女を置いて、ロミオは走り出した。
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