第20話 幼子の願い

 大きな足と手が空中を弄り、空間を裂き、森羅万象を尽く覆し、暴れ回った。それを見た多くの民衆は逃げ惑い、或いは悲鳴をおげて座り込んだ。サラネイの老僧ショゴタはこの光景を見て「アクド!」と叫んで平伏した。だが、アクドと呼ばれる存在は多くの建物を平然と潰し、空間を捻じ曲げ、多くの人を殺し、傷つけ、暴れまわった。


「お願いです。お願いです」

幼子が二人足に縋り付いた。だが、これを見たショゴタは驚き、幼子を止めようとした。が、二人はいう事を聞かずに足に縋り付いたままでいた。頭が天にあり、雲の上に存在するのに足の先に縋り付く幼子などアリですらない。もうこの子らは命は無いものと諦めたショゴタであった。


 気付くとアクドは小さくなって広場に座り込んでいた。その姿は黒く、漆黒の魔神と言い伝えられている通りであった。


「聞こう。汝の願い。言ってみるがよい」

幼子は喜んで魔神アクドに話した。

「私はサムク・カニシュ。これなるは妹のエサキ・カニシュ。魔神様、願いを聞き届けてくれろ。この願いの為に命をと言われるなら俺の命をとってくれ。妹の命は助けてくれ。オラ達のお父に逢いたいんだ。懸命に働きあのダッシュガヤを捕まえた。家は潰れ、井戸も枯れ、もう何も無い。お父に許しを請いたい。妹は赤子の時、お父に先立たれ、顔も知らず、声も知らず。お父に会いたい」


 アクドは右手の指先を地面に指した。一回、二回、三回、四回、五回、六回。

幼子は見た。アクドの情けを。自分は父に会いたいと言っただけなのに、父や母。四人の兄達までもを呼び出してくれた。父親と母親に縋り付く二人。その二人を取り巻く様に四人が優しく見守っていた。


「お父、オラ達は」

「何も言うな。お前達は可愛い。いつも二人でお前達を見ていたよ。守ってやれなくてごめんよ。お前達が悪い訳では無い」

「二人とも元気にしてて嬉しい」

父母に抱かれ、喜びに浸る二人であった。


長男のカイラが妹サムクに石を一つ手渡した。

「アクド様からのご褒美だ。受け取るが良かろう。妹をこれからもよろしく頼むぞ。ガククには期待してると伝えてくれ。頼んだぞ」

そう言うと四人の兄達は消えていなくなり、父と母も二人を抱き寄せ、「幸せに、健康に、お前達を見守ってるぞ」と声を残して消えてしまいました。


「魔神様。ありがとうございます」

サムクはエサキとアクドに感謝の意を込めて縋り付いた。


 気づくと二人の後ろには多くの者が座っていた。多くの者達は恐怖で及び腰であったが、幼子が願いを叶えて貰えたのを見て集まって来たのだ。だが、他の者が何を言ってもアクドには届かぬと見えて何も起こらなかった。老僧ショゴタはサムクに言った。

「お前が巫女を為され、きっと聞いて下さるに違いない」


「お願いがあります」

そう言ってサムクは多くの者達の願いを代弁した。


「お前達は無礼者だな。神の差配を冒涜するのか?体の悪い者は、ただ悪いのでは無い。生きて行くのが辛いのは神のせいでは無い」

アクドはサムクに答えた。


「だども、オラ達は辛い中生きている。戦争したのはオラ達が愚かであったからだ。お願いだ、アクド様。そこを何とか理解してくれろ」

サムクにしてもメチャクチャな願いである事を分かっているのだが、伝えて欲しいと言われれば言わねばならぬのが自分の役目と覚悟を決めて話すのであった。


「お怒りになられたらオラの命だけで済むだろうか」

心に一抹の不安がよぎる。

「お姉、オラも一種に」

妹のエサキは姉の手を握りしめ、共に死ぬ覚悟を申し出た。


何故か二人のこの自己犠牲の心がアクドの心を動かした。

「病で苦しむ者、ここからこちらに座らせ」

それを聞いた多くの者達は一様に喜び、何千人と並んだ。

「ガガッガ〜!」

空気が割かれ、風が吹き、アクドが手を大きく振り抜けた。するとどおだろうか立てなかったものは立ち上がり、見えなかったものいは目が開き、話せなかったものは話し出した。家族は喜び、多くの者達が踊り出した。そんな騒ぎの中サムクに近ずく者が二人いた。ミランダとソレアであった。


「サムクとやら、アクド様にお願いしたく思いここに来たのだが、頼めるか」

「あ、女王さま。何なりとお申し付け下さいませ。心を込めてお伝えいたします」


「私達の願いは一つ。アキオ様に逢いたいのじゃ。頼めるか」

サムクはアクドに今聞いた願いを伝えた。アクドは指を地面に着けたが何も起こらなかった。


「アキオと申す者は何処かで生きている。カムナにはおらぬ」

そう申しておられますと、サムクは二人の女王に返答した。ソレアとミランダは安堵の思いと会えない辛さが入り混じり、暗い顔をした。

「何か他に願いはございませんか」

サムクに聞かれ、二人は多くの国民が苦しむ事の無い国創りと答えた。その言葉通りアクドに伝えるとアクドは半分の大きさになり、三人を見た。その目は恐ろしげで、三人は震え上がり、何も言えなかった。しばらくアクドは見ていた。長くもあり、短くもあった。


「分かった」

アクドはサムクに願いの了承を伝えた。

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落ちこぼれ冒険者とドラゴン ドナトカムナ編 @abeyu6629

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