第18話 ダッシュガヤの捕縛

 ミランダとソレアの四人は、クルドがドナトカムナの世界から力尽くで空間の裂け目に放り出した。気がつくとソレアはアの国の南の国境の寂れた寺院に立っていた。母や父、それにミランダは居ない。どうしたものかと辺りを探していると年老いた高僧が現れ、ソレアの姿を見て平伏して震えながら尋ねて来る。

「あなた様はどなたでしょうか?」

「ここは何処だ?答えよ」

「はい。ここはアの国の南の端、中つ国の北に当たるキャツネと申す所でございます」

「おう、キャツネとな。そうだったか。つかぬ事を聞くのだが、後三人ばかりがここに居なかったであろうか」


「あなた様はここがサラネイの寺院である事をご存知でしょうか」

「サラネイとは?」

「はい。私どもはアの国から弾圧されているサラネイで御座います」

「さて、知らんな」

「そうでございますか。それでは私からの質問にお答えくださりませ。あなた様のお名前。何処から来られたのか。なぜここに入られ得たのか」


「俺の名はソレア。アの国の主人だ。何処からと言われてもわからない。ここは閉じられた空間であろうとも知らずに入った事は許しを請う」


 話の先が見えないまま、多くの僧たちが現れた。老僧はソレアを寺院の奥に誘い、立派な部屋に招いた。食事とお茶にお菓子を出し、精一杯のおもてなしを始めた。

「先ほどアの国はお前たちを弾圧していると言って居たが、俺はアの国の女王だぞ。良いのか、こんなに良くして」


「ソレア女王さま。あなたが何者であろうともあの空間、あの部屋に現れた事こそ重要なのです。私はここを預かるショゴタと申します。言い伝えではこの世を破壊する魔神アクドが現れると言われておりまして、なぜあなた様が来たのかは分かり兼ねますが、ただ、この事は我らの教えの中では重要でありますから、もう少し詳しくお話頂けないかと思います」


 ソレアは母ソニアを助ける為、ヒクイド山に赴いた事から空間に落ち込み、ドラゴンクルドにより、何とか脱出できた事、同じ空間に居たあとの三人が心配だと話した。ショゴタはアの国の王宮に使いを出し、ソレア女王の所在を知らせた。キャツネのサラネイ寺院に国からの迎えが現れたのは一日後のことであった。


 ソレアはショゴタに礼を言い、他の三人の事が分かれば知らせてくれる様に頼んで城に去った。


 ミランダとソニア、ガテヤは大きな岩の前で目覚めた。

「ミランダ殿、女王陛下と申さねばなりませんなあ」

「ガテヤ殿、そんな心配は不要です。ここは何処でしょう」

「ミランダ様。見た所祈りの場所の様にも見れますが、旦那さまの足元の印はそれは確か神を表す紋章では」

「おう、ソニア。気が付いたか。そうだな。だが、ここは見慣れぬ寺院だな」


三人が話をして岩の前にいると足音が聞こえてきた。しばらくすると多くの兵士が現れ、剣や槍を構えて押しかけてきた。

「お前たちは神聖な場所を汚した。思い知らせてやる」


「ほほう。青二才が偉そうにさえずる。この俺とやる気があるのならこい」

ガテヤは右手にナラニオが握られているので剣のことは剣で解決するべきだと身構えた。ナラニオを見届けた若い戦士デクレは興奮して剣を抜く。

「これは面白い。二人のうちどちらがダッシュガヤであろうか。俺の兄を戦場に誘い、卑劣にも見殺しにしたのはどちらかと聞いている。兄は国の為、仲間の為、命をかけて戦った。多くの手下を見捨てて逃げ出し、あの大戦で多くの命が失われた。全ての犠牲者の為、今こそ、お前を倒し皆の仇を討ってくれる」


「若いの、お前はダッシュガヤを見たことがないのか」

「ああ、無い」

「そうか、なら教えておいてやろう。ダッシュガヤには額から胸にかけての袈裟懸けの刀傷がある。二人には無いよな。だからダッシュガヤでは無い。因みにこの俺様はダッシュガヤの右手を切り落とし、このナラニオを我が物とした。名をガテヤという。アの国の親父である。わかったらさっさと勝負しようでは無いか」


「ジジイが、思い知らせてやる。この神聖な場所を汚し、嘘デタラメを話す馬鹿者めが」

「ア、ハハハハハ!よく言った。それくらい元気が無くてはダメだ。さあこい!」

デクレがガテヤと切り結ぼうとした正にその時、声がかかった。

「待て!デクレ」


 声のする方を見ると黒衣の僧が三人立っている。その内の一人はミランダを知っている様であった。

「あなた様はミランダ女王様。私はあの大戦時、中央で突撃を指揮しておりましたエキタです。多くの部下を御助け下さいまして有り難う御座いました。また大戦終了後この西部地区を保護していただき、多くの国民が今日平安に暮らせているのはあなた様のお陰でございます。今日この様な形でまたお会い出来る事、光栄の極み、神に感謝し、ここにあなた様のご機嫌を伺います」


「おう。そなたはエキタ将軍。懐かしい。息災であったか。何か我が支配に不満があれば聞き入れるぞ」

「何んと勿体無いお言葉。あなた様には感謝の二文字しかありません。あやつが我らを支配して居た時、我らは食う事がやっとの状態でした。今を楽しみ暮らしております」

「そうであったか。それはよかった。エキタ殿。一つ教えて欲しいのだが、ここは西部地区かとは思うのだが、何処なのか」


「はい、ここは西部の端、ゴキの砂漠の中のサラネイ教団の本宮で御座います。あの戦いの後、多くの者たちの冥福を祈り過ごしておりましたが、サラネイの導師ガジョ様によりこの道を知り、今は導師エキタとして生きております」


「そうか。導師エキタ。すまないが国に帰りたいので、何とかしてはもらえないだろうか」

「女王様、多くの者が心配しておりましょう。すぐに使いの者を王宮に送ります。それではこちらに御いで下さいませ」

ガテヤはエキタを抱き寄せた。

「お前が居なければもっと多くの命が消えたことよ」

あの大戦の最前線を凌いだエキタを称え、ガテヤは優しく話しかけるのだった。エキタもあの憎いダッシュガヤの手を斬り、ナラニオを奪った勇者ガテヤを尊敬せずにはおれなかった。



 薪を背負いながら姉妹が行く。

「おねい、今日は少なかったなぁ」

「うん。明日はきっといい事あるさ」

「でも」

「言うんじゃねえ。これは仕方のない事」

「だども」

姉妹は黙々と家路を急いで居た。


「おねい、あれさ見ろ」

見ると女が一人、転がっている。右手は無く、死んだ様に見える。全身血だらけで衣服もボロボロ。罪人か乞食かと思われる姿形であった。


「あんさ、誰かな。大丈夫かな」

姉は声をかけた。

「ここいら辺はこの前の戦争で何も無くなった。飲む水さえ枯れ果て、食うも困る状況でないもないんじゃで。ここにおったら死んじまう。何処かに行きなされ」

そう言うと二人は薪を背負い、行き過ぎようとした。

「水を一杯飲ませて欲しい」


 姉妹は首を振り、手持ちは無いことを告げた。家に帰ればあるにはあるが、それもたくさんあると言うわけでは無い。二人がやっと口に出来る程度のものしかないと話聞かせた。

「たんと飲ましてくれとは言わぬ。少しで良いので、頼む」


そう聞くと姉の方が首を縦に振り、歩き始めた。女は後ろをヨロヨロと転がりかけながらついて行く。その姿を姉は見ながら道を進んで行く。

「姉さん、どうしてこっちに行くんだろう。えらい遠回りするでねえか」

妹は心の中で思いながら黙って付き従って居た。そうしてる内にえらく汚ねえ家についた。薪を家の前に置き、戸をガラガラと力一杯開け放った。


「ここ」

 姉は言葉すくなに女に話す。見ると井戸が見える。ダッシュガヤはあまりの喉の渇きから慌てて井戸の釣瓶に手をかけた。左手で必死に縄を握った。汲み上げようと縄を引く。力一杯引いたが軽すぎて体が傾き体制が崩れた。その時を逃さずダッシュガヤの背中を力一杯押す者がいる。姉のサムク・カニシュであった。

「危ない。何をする。やめないか」

「さあ、押して!」

 姉の言葉に妹も必死に押す。半分落ちかけて居たダッシュガヤは頑張るもあえなく井戸に転落。井戸の底から上を見て怒りに満ちて怒鳴った。

「この嘘つきめ。この仇は必ず返してやる」

この言葉に姉が返答した。

「ここら辺は昔、木々が生い茂り、水が溢れ、皆幸せに暮らして居た。ただ一人の愚か者が出でるまでは。その名はダッシュガヤ。お前の名さ」


「我の名を知っておったか」

「お前の声を聞いて知って居たんだ。あの夜、ここ、我が家に着いたお前を労い、一杯の水を差し出すもその手を払い、水を地面にぶちまけた。覚えてるだろう」


 何も答えられず無言のダッシュガヤ。


「愚か者め!水など出しおって。我はダッシュガヤ。お前たちの主人であるぞ」


「確かそう言って我が父カニシュを睨みつけ、水の入って居た空の器を投げつけた。隠れて聞いていた、見ていたんだ。忘れたとは言わせぬ。その夜、父はお前に殺され、お前はお山に逃げた。国から預けられていた大切なナラニオは盗み出され、追っ手はお前を取り逃がした。お前の今いる所は父の差し出した水が湧きでていた井戸の中。もう枯れてしまっている。驚いているな。ここが荒れ果てていて思いもよらぬ様だな。我が名を告げる時がきた。我が名はサムク・カニシュ。これなるは我が妹、エサキ・カニシュ。今、ここに予言が成就し、我らの大願が成就したことを神に感謝する時がきた」


 ダッシュガヤは幼き姉妹に古井戸に落とされ、仇討ちを果たされてしまい、ここまでかと観念した。この事件はすぐに王宮に連絡が行き、ガッカハ自ら兵を率いてやってきた。


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