第15話 ヒクイド山

 ヒクイド山は岩ばかりの殺風景な山だ。身を隠す場所さえなく、見つけたらこちらの勝ちとなる事は分かり切っている。だが、やつらはここを選んだ。

「アキオ。ディオスはそれでもここで戦いたいんだ。そして勝つ自信があるのさ」

「そうだろうな。あれを見ては何かあるとしか思えない」


山の中腹に平らな棚がある。そこにソニアを縛り付けて「さあ、おいで」と、呼びかけている。ダッシュガヤは今か今かと待ちわびている。ナラニオを手に持ち、鞘に入れるのも待ちどうしいと振り回している。

「どうして来ないのかね。早くしないと国中が騒ぎ出すのにねえ。騒ぎの種なら沢山埋めておいたから、アの国は早晩お祭り騒ぎになるよ。早く芽が出れば、それだけで祭りが始まる。血と喧騒と死、騒ぎは大きいほど良いんだよ。ソレアよ早く来い。ミランダ、お前は切り刻んであげるわ。どうして来ないの。ナラニオが血に飢えて震えているのに。早く」


 ダッシュガヤは待ちきれず、岩や木を切っていた。ナラニオの切れ味は凄まじく岩や木を粘土のように切りつけていた。


ダッシュガヤが南の空を見た時、小さな点が空に見えた。

「待ち兼ねたぞ!早く来い。早く来い。この身が滅ぶとも、この時に全てを賭けて全てを失うとも、この興奮に代わるものなし。この身がうち振るう喜びを」


ソニアの横に立ち、十五人の家来をその周りに立たせていた。


クルドとアキオはダッシュガヤの前に立ち、降伏するように言い放った。

「フッ」と、笑い、ナラニオを構え、戦う態度のダッシュガヤ。


ダッシュガヤの後ろから攻め入るソレアとミランダ。混戦の中、ソレアは母であるソニアの縄を切り、助け出したと思い顔を見ると別人であった。

「クッソー。汚い奴め」

ソレアは女を放り出し、ダッシュガヤを追う。ダッシュガヤはソニアを連れて、谷の奥に逃げ込もうとする。その時、ガテヤが崖から飛び降り、ソニアを掴む手を剣で切り落とした。


「ハッ」としたが、ダッシュガヤの左手は地面に転がり、ガテヤが襲いかかる。いかなダッシュガヤと言えどもガテヤの渾身の剣をナラニオで受けるだけで精一杯。攻撃に転ずる事なく、敢え無く捕まった。ダッシュガヤの左手を血止めのために括り、ナラニオをソレアはその手で掴んだ。


「これでお前も最後だ。ナラニオでその首落としてくれよう」


 ソレアがダッシュガヤを岩に頭を押し付けて、今にも切りそうになった時、稲光が走った。

「ワッ、ハハハハハ。い〜やはや、こんなに早く終わってしまうとは。残念だよ!ワシが出てゆくのはもう少し後と思っていたものだから、困ったものだ。いや、お前たちの力が上がったのかな。まあ良い。勝負はこれからだ。ハハハハハ」


「この声はディオス。どこにいる」

「アキオ。お前のすぐ側にいるさ」


 声が消えたか消えない内に辺りを見回したが、何もない。

「ハハハハハ。これで我の勝ちだ。この命滅ぶとも。全てがこれで報われる」


ダッシュガヤの叫びが空に消えたかと思った瞬間、クルド達の存在していた空間が崩壊した。見ると山の中腹に大きな空間の亀裂が口を開け、多くのものを吸い込んでゆく。当然その辺りのあらゆる物を吸い込んでその口を閉じようとしていた。


「ここはどこだ。何とも不思議な所だ」

「アキオ。多分この空間は亜空間。ドナトカムナと言われる精神世界と物質世界の中間の世界で、物質世界寄りの空間だと思う」

「じゃ、元の世界に帰れるんだろう」

「アキオ。俺たちはディオスの作り上げたこの亜空間で戦うことになったみたいだ。ここは奴の腹の中と同じだ。奴の思い通りになるぞ」

「でも、クルド。ここは奴の腹の中なんだろう」

「そうだ」

「だったら力一杯暴れようや。きっと元の世界には何の影響もないはずさ。やるだけやろう。ダメだったらまた考えよう」


クルドに今まで出さなかった炎や多くの攻撃を出させて見た。だが、なにも効果がなかった。ディオスが苦しむ声もダッシュガヤの驚く声も聞こえない。

「よかった。これでこの世界での攻撃は元の世界に反映されない事がわかった。クルド。フラッシュを光らせてくれ。こう暗くては何も見えない」


クルドは体全体から光を出し、周りを明るく照らし出した。すると下の方にソレア、ミランダ、ガテヤ、ソニアの四人が浮かんでいる。クルドやアキオが触ろうとしても手が素通りして幻の様にフワフワしている。


「アキオ。どうも彼らとは空間が違うようだ。我々はディオスの作り上げた空間に入れられたが、四人はドナトカムナに落ち込んだみたいだ」

「クルド。そうなればどんなに力一杯攻撃しても大丈夫だと言うことか」

「そうだね」


「お前達、能天気におしゃべりしてるのは良いのだが、もう後が無いんだよ」

「左手が疼くが、これでお前達ともお別れかと思うと名残惜しいね」


奴らの声が消えた時、周りの空間からあの忌まわしい蔓植物が湧き出した。空間も段々とその広さを失い、クルドを取り囲むように縮まってきた。もう終わりだと思われた時、クルドはその体を光らせ、太陽の熱と同等の熱量を吐き出した。


「何だ、これは?」

ディオスは自身の空間が内側から焼き払われ、収縮していた物が急に膨張する変化が引き起こされ、思いも寄らないこの変化に対応し切れずに自らの亜空間を破裂させてしまう。


 亜空間は破裂した。現れるクルド。あまりに近くにディオスとダッシュガヤがいた。そのクルドの放つ熱戦がダッシュガヤを焼かんとした時ディオスは手で覆い、助けようとした。そんな事で助かるわけも無く、ディオスの尾、羽根、左半身を焼き尽くした。


「ううっ。ここでも勝てぬのか。お前はどこかに行け」

ディオスは残った右手でダッシュガヤを異空間に放り出した。それを見たクルドは浮かんでいた四人を空間の亀裂に吹き込んで放り込んだ。

「アキオ、良いだろう。俺たちもどうなるか分からないだ。ちょっとでも助かるなら良いだろう」

「ああ、これで後腐れなく戦える。やっちまおうぜ」

「そうだね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る