第47話 復活、誕生、魔法少女 2

 まず最初に茉理を包んでいた光のうち、首から下が消え、その衣装が露になる。

 それを見た時、俺は思わず声をもらした。その服には見覚えがあったからだ。


「あれって、前に俺が作ったのと同じデザインだよな?」


 茉理が魔法少女をやっていた頃、その衣装は全て俺が作っていた。オシャレで可愛らしい服を着せることで受ける印象を茉理と解離させ、少しでも正体を隠す手助けになればと思った。と言うのは建前で、実際は単に茉理に俺の作った服を着せたかったと言うのが大きかったが。

 今茉理が身に纏っている服は、そうして俺が作ったものの一つと、驚くほど似ていた。


「茉理ちゃん専用のステッキを作る時、衣装は浩平くんデザインのものに設定したニャ。茉理ちゃんにはあの服が似合ってるニャ」

「──っ! ありがとな」


 得意気に言うバニラに、素直に感謝する。自作の服には思い入れがあっただけに、この粋な計らいは嬉しかった。

 次に顔を包んでいた光が消える。だがその中から茉理の顔は現れなかった。つけていた白のヴェールが、すっぽりとそれを覆い隠していたからだ。


「今度の衣装にはヴェールが標準装備だニャ。しかもこれは魔法のヴェールで、絶対に中の顔がわからないようになってるニャ。これで正体がバレる心配はなくなったニャ」


 俺のデザインした衣装に、顔バレ対策。これらの効果をもたらす魔法のステッキは、まさしく茉理専用と言う言葉にふさわしかった。

 だがこれで全ての光が消えたわけじゃない。あと一ヶ所、両手で握っているステッキだけが未だ光を帯びたままだ。だがそんな最後の光もついに取り払われ、いよいよその全貌が明らかになる。


「……こ、これが、茉理専用の魔法のステッキ……か?」


 思わず声が漏れたのは、それが俺のものとは形が全く違っていたからだ。

 俺のは白く細い柄の先端にハートがくっついたもの。魔法少女の杖と言うイメージからは、こういったものを連想する人は多いのではないかと思われる。だが茉理のそれは違った。


 黒くて太くて大きなそれは、所々にゴツゴツした突起がついていた。その形はまるで………


「金棒?」


 そう、金棒だ。昔話で出てくる鬼が持っていそうな、むしろ鬼でもなければ持っていなさそうなアレだ。


「魔法で作った衣装にこのステッキ。私、本物の魔法少女になったんだ」


 自分の姿をみて呟く茉理だが、おかしいから! 普通、魔法少女は金棒なんて持ってないから!

 なんでよりによってこんなデザインにした。そんな俺の気持ちを察したのか、バニラは言う


「言いたい事は分かるニャ。でもそのステッキこそが、茉理ちゃん専用という最大の由縁だニャ。魔法少女っぽさとか可愛らしさとか、そう言うのを全部無視して作ったんだニャ」


 やはりバニラもこの金棒には思う所があるうらしく、少し遠い目をしていた。ッだがそれから気を取り直したように、力強く言う。


「でも、ただ茉理ちゃんの戦闘スタイルを活かすためにはそれがピッタリなんだニャ。そのステッキはニャダマンチウムと言う宇宙一硬い金属でできて、立派な鈍器になるんだニャ!」


 そう言えば前に茉理が言っていた。ステッキにもう少し強度があれば鈍器として使えるのにと。きっとバニラもそれを覚えていたのだろう。

 だがそれで本当にいいのか?  可愛らしい服装と無骨な金棒が互いに主張し合い、激しく喧嘩している気がする。

 だが茉理はそんな金棒をまじまじと見つめ、嬉しそうに言う。


「凄い、これ凄いよ。多分私でも捻切るのに苦労すると思う。これなら十分、魔獣を撲殺できるよ。ありがとうバニラ」

「ふふん。もっと言ってほしいニャ。ボクも信念を捨てた甲斐があったニャ」


 どうやら茉理としては大満足のようだ。ならもはや俺からはなにも言うまい。

 こうして改めて魔法少女茉理が、もといアマゾネス1号が誕生したわけだが、それに最も反応したのは恐らく俺達の誰でもないだろう。


「その姿、やはり貴様がアマゾネス1号だったか。最近姿を見せなかったが、そのまま永遠に引っ込んでいれば良かったものを。本当に本当に……永久に引っ込んでいれば良かったものを」


 割って入ったシレーの声は、明らかに動揺していた。どうやらかつて見てきたアマゾネス1号の戦いによるトラウマは未だ健在のようだ。

 だが奴はそんな不安を取り払うように言う。


「だが今までのようにいくと思うなよ。なんと言っても今回は強ーい味方がいるんだからな!」


 強い味方。もちろん四天王のことを言っているのだろうが、今その四天王は全員がベロンベロンに酔っぱらっているぞ。


「ヒック……なんだぁ、いつの間にかアマゾネスの数が増えてるじゃないか。一、二、三、四……四人もいるなぁ……ヒック」


「いえ、アマゾネスは二人しかいません。あとの二人は、恐らく飲みすぎによる幻覚かと」


 あいつら、最初に魔獣を出して以来ひたすら酒を飲んでるだけだな。

 ダメな酔っぱらいに、茉理も呆れ顔だ。


「ねえ、あの人達って誰なの?」

「四天王とか言う、シンリャークの最高幹部だそうだ」


 どうやら奴等の自己紹介を見ていなかったようだ。聞いた話をそのまま伝えると、驚いたように言う。


「四天王って、三人しかいないよ?」

「それはもう俺が突っ込んだ。向こうにも色々事情があるらしい」


 まさかセクハラが理由で謹慎中とは、俺達は知るよしもなかった。

 そんなことを話しているうちに、四天王もようやくまともに立てるくらいには回復していた。水や酔いさましをせっせと飲ませるシレーやウワンを見ていると、敵とはいえ同情せずにはいられない。


「あいつが以前に話したアマゾネス1号でございます。2号もそこそこ強いですが、1号はそれはもう超ヤバイやつなんです。何とぞ、皆様方の御力でやっつけてください」


 ペコペコ頭を下げながら頼み込むシレーとは対照的に、四天王は依然として余裕のままだ。


「まあ落ち着け。あいつがどの程度のものか、まずは魔獣で様子を見ようではないか。よし、残る魔獣を全部出せ。確かあと20体くらいいただろう」

「はっ、かしこまりました!」


 そんなやり取りの後、宇宙船からいくつもの光が舞い降り、魔獣達が姿を現した。正確な数はしっかり数えてみないと分からないが、目測だけでもさっき言っていた20は下らないと言うのはすぐに分かった。


「光栄に思え。たかが一人を攻めるのには十分過ぎる戦力だ。もっとも、その後控えている我ら四天王の力はこんなものではないがな。ワッハッハ!」


 勝ち誇ったように言う四天王の誰か。だが次の瞬間、茉理の姿が消えた。


 ――――クシャッ!


 何かが潰れたような音がしたかと思うと、魔獣の一体が肉塊に……ならなかった。

 そんなものじゃない。魔獣はまるで磨り潰されたトマトのように、一瞬にしてペースト状の赤い液体へと変わっていた。


「うん、この魔法のステッキ、いけるよ」


 魔獣を殺った張本人、もちろん茉理は、飛び散った血をその身に受けながら、同じく血がベットリとついた金棒を満足そうに眺めた。


「ありがとうバニラ。これなら魔獣も一撃だよ」

「ど……どういたしましてだニャ」


 思えばアマゾネスとなった茉理を見るのも久しぶり。しばらく見ていなかったそのバイオレンスな光景を前にしてバニラも多少引いている。


「よーし、いっくよーっ!」


 それからは茉理の快進撃が始まった。魔獣の数は、元々いた奴等に新たに出現したのを足すと実に三十体近くになるかもしれない。だがそれらは次々に、一瞬のうちにトマトジュースへと変わっていく。そのあまりの早さに、今何体倒したのか数えようとしても追い付かないくらいだった。

 圧勝と言う言葉さえも生ぬるい。これはもはや虐殺と言った方が近いのかもしてない。


「……俺、全身全霊をかけて戦って、十体いるうちの四体を倒すのがやっとだったんだよな」


 遠い目をしながら呟く。茉理がこの短期間で倒した魔獣の数は、もちろんそれを遥かに上回っている。しかも何の苦もなく、息一つ切らした様子もない。


「浩平くん、元気出すニャ。君はよく頑張ったニャ」


 ポンと肩に手を置くバニラの優しさが心に染みるようだった。


 だが俺のショックなど、奴等に比べれば何でもなかったかもしれない。茉理が次々に魔獣どもを瞬殺していくのを見て、シンリャーク側にはそれ以上の激震が走っていた。

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