第46話 復活、誕生、魔法少女 1

 やられる寸前のところを茉理に助けられた俺は、だけどそれを素直に喜べなかった。


「どうして戻ってきたんだよ」


 やりきれない気持ちになりながら聞く。


「大丈夫。セイヤ様は無事に送り届けたから」

「そうじゃない」


 思った以上に感情的になっているのだろう。つい声が強くなってしまった。


「茉理ちゃんは浩平くんを助けに来てくれたんだニャ。そんな言い方は無いニャ」


 バニラにたしなめられハッとする。俺だって、別に茉理を怒っているわけじゃない。怒りを向けているのは自分自身に対してだ。

 俺が魔法少女になったのは、茉理が戦わなくてもすむようにするためだ。なのに茉理は結局こうして来てしまった。ただそれが残念でならなかった。


「………ごめん。俺がもう少し強かったら」


 本当はこんな弱音を聞かせたくは無い。だが堪えきれない悔しさが、つい声となって漏れ出してしまう。

 だけどそれを聞いた茉理は静かに首を振った。


「浩平が戦ってくれたおかげでたくさんの人が逃げることができたし、私もセイヤ様を連れていけたんだよ」

「でも、結局お前をこうして戦わせることになった」


 いくらたくさんの人を守れても、それじゃ意味がない。そう言うとして、だけど茉理の表情を見てその言葉を飲み込んだ。

 今の茉理の顔はさっきまでとは違い、何かが吹っ切れたようにとても晴れやかに見えた。


「私、今なら戦える」

 それは決して強がりで言っているようには見えなかった。いったいこの短い間に何があったのだろう。


「いいのか?」


 念を押すように尋ねる。


「そりゃ全く不安が無いわけじゃないよ。人から怖いと思われるのは、やっぱり嫌。でも、セイヤ様が言ってくれたの。アマゾネスには感謝してるって」

「セイヤか……」


 戦うのを止めたきっかけがセイヤなら、戻ってきたきっかけもセイヤ。そう思うと、こんな時だと言うのに奴に若干の嫉妬を感じずにはいられない。そう思ったところで、茉理はさらに続けた。


「それにね、例え他の人がどれだけ私を怖がったとしても、浩平はそばにいてくれるでしょ?」


 少し顔を赤らめながら、それでも真っ直ぐに俺を見て言う。自惚れかもしれないが、その眼差しには一分の疑いも抱いて無いように見えた。

 瞬間、胸の奥が一気に熱くなるのを感じた。


「―――っ。当たり前だろ」


 やっとの思いでそれだけを告げる。

 それだけ俺を信頼しているのか。そう思うと嬉しくなって、まともに声を出すこともできなくなる。


「それともう一つ。浩平が戦う姿を見て、勇気がわいてきたんだ」

「なんだよそれ……」


 思わず顔を伏せ、目を合わせないようにする。

 だって好きな奴にそんなことを言われたんだぞ。このままだと嬉しすぎて、こうでもしないと泣き出しそうになるだろ。

 そんな俺に、さらに茉理は言った。


「だって浩平は、正体がバレたら社会的に死ぬような格好までして戦ってるんだよ」

「へっ……」


 一気に視界が真っ暗になったような気がした。そうだよな。外で女装、しかもこんなファンシーな格好で、おまけにニャハリクニャハリタだのふざけた呪文を全力で叫ぶ。正体がバレたら間違いなく社会的に死ぬな。


「……………なんだよ、それ」


 がっくりと膝をつきうずくまる。

 だって好きな奴にそんなことを言われたんだぞ。このままだと悲しすぎて、こうでもしないと泣き出しそうになるだろ。


「どうしたの?魔獣にやられた傷が痛むの?」

「傷つけたのは茉理ちゃんだニャ」


 心配する茉理を見て、バニラはポツリと呟いた。しかし残念ながら、その言葉は届かなかったようだ。


「よくも浩平を。絶対に許さない」


 キッと目尻を上げ、魔獣を睨み付ける茉理。魔獣よりも、お前の言葉の方がずっと痛かったけどな。

 だがこんな時でも、茉理が戦うとなると黙ってはいられない。


「でもこのままだと素顔で戦うことになるけど、本当にいいのか?俺のヴェール貸そうか?」


 戦うことへの迷いが吹っ切れたとはいえ、顔も隠さず戦ってもいいものかと思う。周りに人はいないので正体がバレる心配は無いだろうが、あの姿になるのは茉理にとって戦うための心構えみたいなものもあるように思えた。

 どうやらその推測は当たっていたようで、茉理は少しだけ迷う素振りを見せる。だが、やがて首をふって答えた。


「アマゾネスの格好の方が戦いやすいけど、仕方ないよ。それに、ヴェールが無いと困るのは浩平も同じでしょ」


 そりゃそうだ。茉理の言葉を借りれば、こっちは社会的に死ぬ。だがその時、俺達の話を聞いていたバニラが思いついたように言った。


「そうだニャ、なら今こそ魔法のステッキと契約するニャ!そうすれば魔法で服を変えられるニャ!」


 名案と言った風に語るバニラ。だが茉理は、すぐにはそれに頷かなかった。


「それって、浩平みたいに本物の魔法少女になるってこと?」

「そうだニャ。実はステッキはもう一本あるんだニャ」


 そうだったのか。だがそれでもなお茉理は迷っていた。


「でも、それだと戦う時片手が塞がっちゃうよ」


 素手で戦う茉理は両腕共に空いている方がいいようだ。こいつなら例え片手が塞がったとしても瞬殺できそうな気がするが。

 だがそれ以前に、俺もバニラに言っておきたいことがあった。


「それに、服が変わっても顔を隠せなきゃ意味ないだろ」

「あっ、そうか」


 今まで気づかなかったのか、茉理が声をあげる。今俺がつけているヴェールは魔法で出したものでなく自前なので、例え魔法少女になったところで何の解決にもならない。

 だけどバニラはそれを聞いても大丈夫だと胸を張った。


「実はもう一つの魔法のステッキは、茉理ちゃんのためだけに作った特注品なんだニャ。ニャンダフル星から届いたのが魔法少女を止めた後だったから今まで使う機会が無かったけど、これなら二人の言う問題は全て解決するんだニャ。ボクを信じて契約してほしいニャ」


 茉理専用のステッキ。そう言えば前に一度だけそんな話を聞いたような気がする。


「そうなの?そう言うことなら契約する」


 どうやら茉理も決心がついたようだ。どうなるのかは知らないが、これで何とか問題無く戦う事ができそうだ。そう思った。

 だがその時だった。


「やいお前ら、戦いの間に何をペチャクチャ喋っとるか!待ちくたびれたぞ!」


 俺達に向かってシレーの声が飛ぶ。思えば茉理が再び現れてからそこそこ時間がたっているが、ずっと待ってくれていたのか。


「そこの女、魔獣をぶっ飛ばした力を見ると、さては貴様がアマゾネス1号だな。今日は変身していないようだが、顔をよく見せろ」


 前屈みになってこちらを見るシレーだが、俺はそれを遮るように一歩前に出る。茉理が嫌がっているのだから、変身前の顔を晒すわけにはいかない。

 さらに、再び裏声&女言葉になってお願いしてみる。


「ねえ、もう少しだけ待っててくれないかな?」


 できれば茉理が契約を終えるまで待っててほしかった。だがさすがにそれは無理だった。


「待てるか!なんて緊張感の無い奴らだ」


 ダメか。緊張感の無さではシンリャークも負けてはいないと思うが、ここで頼みを聞いてくれるほど甘くはなかったようだ。残る魔獣がわらわらと集まり、それぞれが攻撃体勢に入る。

 仕方ない。俺はステッキを構えると、後ろにいる茉理とバニラを見た。


「ここは俺が食い止める。その間二人は契約を済ませてくれ」

「大丈夫なの?だって浩平、もうボロボロじゃ……」


 茉理の心配する通り、俺の体力はとっくに限界をむかえている。だがそれでも、ここで引き下がる気は無かった。


「そう思うなら早く契約してくれ。それに、こんな時くらい意地を張らせてくれよ」


 思えば俺は小さな頃からずっと茉理に助けてもらってばかりだった。後を継いで始めた魔法少女も、結局一人では全うできていない。ならせめて、出来る限りのことはやりたい。残る魔獣を倒すのは無理でも、力の続く限り時間稼ぎくらいはしたかった。


「わかったニャ。茉理ちゃん、早速契約を始めるニャ」


 俺の決意を汲み取ったのか、まずはバニラがそう言う。そして茉理も、ほんの少しだけためらった後、小さく頷いた。


「お願い!」

「任せろ!」


 短い言葉を交わすと、後はただ前だけを見る。


「来いよ魔獣。絶対に食い止めてやるよ」


 不思議だ。さっきまで疲れきっていたはずなのに、なぜか今は全くといっていいほどそれを感じない。それ以上の高揚感があるからだろうか?


「ニャハリクニャハリタ……」


 構えたステッキに魔力を込め、迫り来る魔獣に向けて呪文を唱える。

 だが―――


「あっ、浩平くん。契約が終わったニャ。もう戦わなくても大丈夫だニャ」

「おおーい!」


 早すぎる見せ場の終了に声をあげる。まだ何もしてないんだぞ。


「俺の時は契約にもう少し時間かからなかったか?」

「浩平くんが早くって言ったから頑張ったニャ」


 頑張ってくれたのは嬉しいが、一度やる気になったこの思いを、どこに置けばいいのかわからなくなる。

 だがバニラはそんな俺の気持ちなど意に介しちゃいない。


「見るニャ。魔法少女茉理ちゃんの誕生だニャ」

「そ……そうだな」


 促され、茉理のいる方を向く。未だモヤモヤは残るが、魔法少女になった茉理の姿には興味がある。

 そこにあったのは光に包まれた茉理の姿だった。恐らくこの中で今魔法少女としての衣装が出現しているのだろう。

 やがて光が消え、その中から魔法少女となった茉理が現れた。

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