第43話 茉理side セイヤ様 2
「セ……セ……セイヤ……様………生セイヤ様……」
まるでうわ言のように声を漏らす茉理。生のセイヤと言っても、さっきここに運んで来るまでに何度も見ていたし、密着までしていた。だが目を覚まし自分を見つめるセイヤは、それにも増して神々しさがあった。
セイヤはゆっくりと近づいてくると、頭を下げていった。
「君がいなければ僕は死んでいたかもしれない。本当に、本当にありがとう」
ありがとう――――――――――――――――――――
ありがとう―――――――――――
ありがとう――――
その言葉が何度も頭の中でもリフレインし、そのたびに強く胸を打ちつける。
(どうしようどうしようどうしよう、セイヤ様にお礼言われちゃった。黙ったままでいるのも失礼だし、何か返事しないと。でも何を言えばいいの?握手してくださいとか?ダメ、そんなの図々しい。だけどファンで応援しているくらいは言ってもいいかな?いいよね?)
そう決心した茉理だが、いざ言葉を放とうとした途端、声が詰まる。
「あ…あの……私、あなたのファ……ファ……」
「……?」
ファンです。そのたった一言が出てこず、向かい合ったセイヤは首をかしげているる。
だがそんなもどかしい状況を壊すように、大きな声が二人の間に割って入った。
「さあ、セイヤの意識も戻ったことだし、こんな所さっさとおさらばするぞ」
空気を読まずにそう言ったのは、セイヤのマネージャーだ。彼はセイヤだけでなく、茉理にも目を向けた。
「今から車を準備するけど、君も乗っていくかい?」
「いいんですか!?」
それはつまり、セイヤともう少し一緒にいられると言うことだ。
「本当は部外者を乗せちゃいけない決まりなんだけど、こんな事態だし大丈夫だろう。どうする?」
「ありがとうございます!是非……」
お願いします。そう続けようとして、だけどその言葉は途中で止まった。
普通に考えれば迷うことなんて無い。生のセイヤを見れて、直に触れることができて、お礼を言われて、その上一緒の車での移動なんて、もはや奇跡と言っていい。かじりついてでもこの幸運を逃す手なんて無いはずだ。
だけど同時に、今も戦っているであろう浩平の事が頭をよぎった。任せろと言ってはいたし、セイヤを助けるためと思ってあの場を託した。だけどセイヤが無事目を覚ました今、自分はどうすればいいのだろうと思わずにはいられない。
セイヤと一緒にいられる。そんな奇跡と天秤にかけてなお、浩平の事が気になって仕方がなかった。
なんとかなると言ってはいたが、本当に大丈夫なのだろうか。
「どうかしたの?」
急に茉理の言葉が途切れたのを見て、マネージャーが聞いてくる。
「いえ、今も近くで魔獣が暴れているかと思うと不安で……」
実際はもう少し込み入った事情があるのだが、まさか全部を話すわけにはいかない。するとマネージャーはフッと笑った。
「大丈夫だって。さっき聞いた話だと、アマゾネスが現れたらしいから。噂だと魔獣が肉塊になるまで殴って殺すそうじゃないか。きっと大丈夫だよ」
安心させるために言っているのだろうが、彼の言うアマゾネスは茉理のことだ。今戦っている浩平一人ではなんとかなるか分からないから心配なのだ。
やっぱり自分も行った方がいいのか。だけどマネージャーのが次に放った言葉を聞いた瞬間、その思いは揺らいだ。
「守ってもらっておいて大きな声じゃ言えないけど、肉塊になるまで殴り続けるなんて魔獣よりずっと怖いよね」
「——————っ!」
怖い。その一言が茉理の心を抉った。分かりきっていたことではあるが、やはり誰かの口から怖いと言われたのはショックだった。
「魔獣を退治してくれてるからいいけど、そうでなければアマゾネスの方が化け物扱いされるだろうね。アッハッハ!」
「そう……ですね………」
返事をするが、その声は震えていた。この人だって悪気があってこんな事を言っているわけじゃないだろうけど、それでもその言葉は深く心に突き刺さる。
そして心の中で浩平に謝る。
(ごめん。誰かに怖がられると思うと、戦えない。助けにいけない)
本当は今すぐにでも駆けつけたい気持ちはあるのに、戦うのが怖い。森野茉理として戦うのを考えると、どうしても昔の事を思い出してしまう。みんなから怖がられて、一人ぼっちになったあの時の事を。
我ながら情けないとは思いながら、それでも一歩を踏み出せなかった。
(私は何のために戦っていたんだろう)
ふとそんな考えるがよぎった。魔獣と戦ってほしいと言ったバニラにすぐに頷いたのも、今となっては不思議だった。人前で本気を出すのは嫌なはずなのに、どうしてあんなにあっさり頷いたんだろう。
だけどその時、それまでそばで話を聞いていたセイヤが言った。
「だけど、今僕たちがこうして無事でいられるのも、アマゾネスが戦ってくれているおかげだよね」
「えっ……?」
思いがけない言葉に小さな声が漏れる。もしかしたら自分にとって都合のいい幻聴が聞こえただけじゃ無いかとさえ思った。
だけど驚く茉理の前で、セイヤはさらに続けた。
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