第42話 茉理side セイヤ様 1
魔獣が暴れている場所から少し離れたところでは、逃げてきた人達の一部が集まっていた。一時的な避難場所としての役割を担っているようで、何人もの警察官が周囲の警戒を、あるいは逃げてきた人達の確認を行っている。
ここだって安全だと言う保証はなく、集まっている人達ももっと遠くに逃げたいと言うのが本音だ。にも拘らずここに残っている人のほとんどは、はぐれてしまった知り合いの安否が分かるまでは離れたくないとからだった。
浩平達と別れた茉理は、セイヤを抱えながらここへと辿り着くが、彼女の足取りはおぼつかなく、その表情からさ激しい緊張が見てとれた。無論、魔獣から逃げてきた事による緊張などではない。
(私、今セイヤ様のこんなに近くにいる。と言うか触れてるし、体温を感じて、微かな呼吸や脈打つ音が聞こえてくる。ああ、尊い)
人に聞かれたらドン引きされること間違いなしの思考を巡らせながら人のいる方に近寄っていくと、それを見ていた周りから声が上がった。
「ねえ、あれセイヤじゃない?」
「本当だ、セイヤだ!」
「オラのセイヤ様が大変なことになってるだ!」
さすが人気アイドルだけのことはある。セイヤと、それを抱えた茉理は、瞬く間に大勢の人に囲まれてしまった。
「あの、セイヤ様は気を失っていて、どこか安静にできる場所はありますか?」
意識を失っているセイヤをいつまでもこのままにしておくわけにはいかない。そう思いながら呼び掛けると、人混みをかき分け救急隊の制服を来た人たちがやって来た。
「これから応急措置をしますので、関係無い方は下がってください」
周りの人に向かってそう言うと、一緒にやって来ていた警官達が人払いを始める。このまま騒ぎが大きくなると余計なトラブルがおこると思っての対処だろう。茉理は事情を聞くため離される事は無かったが、その他のセイヤ目当てでやって来た野次馬は途中で次々と止められていた。
無事セイヤを送り届け、後は救急隊の人達に任せるしかない。まだ少し不安はあるが、自分にできることはこれで終わりと一息つく。
そんな中、スーツを着た一人の男が人混みをかき分けてやってくるのが見えた。
男はセイヤの無事を確認すると、次に茉理に向かって駆け寄ってきた。
「僕はセイヤのマネージャーです。あなたが彼を助けてくれたんですね」
男は自己紹介をすると、茉理に向かって深々と頭を下げた。
「本当は僕が彼を守らなきゃいけないのにこんなことになってしまって、本当になんとお礼を言っていいか」
「いえ、私は当然のことをしただけで、むしろセイヤ様のあんな近くにいられてありがとうございますと言うか―――」
緊張と興奮でおかしな受け答えをしてしまうが、幸いな事に彼はそれに対して疑問を抱くことはなかった。それよりも先に、捲し立てるように口を動かしてくる。
「僕も精一杯頑張ったんだよ。逃げるためのルートを確保したり、どさくさに紛れて寄ってくる輩を近づけさせないようにしたり。ガードマンだっていたはずなのにいつの間にかはぐれちゃって、残ったのは僕だけだったんだ。それでも一人奮闘した僕はマネージャーの鏡だと思うよ。だけど一人でできることなんてどうしても限界があるだろ?だから結果としてセイヤが逃げ遅れたとしても断じて僕の責任じゃないんだ。分かるよね?」
「は……はあ?」
そんなことを言われても、正直茉理にはよく分からなかった。
しかし次の瞬間、そんな困惑さえもぶっ飛ばすような声が響いた。セイヤの応急措置をしていた救急隊員の声だ。
「意識が戻ったぞ!」
「ええっ!」
茉理もマネージャーも揃って声を上げ、セイヤのそばによる。だが茉理は途中でその足を止めた。面識のない自分がこれ以上そばにいていいものかと言う遠慮と、再びセイヤのそばに行く事に対する緊張のためだ。
そんな茉理の横を、マネージャーは足早に通りすぎていく。その時彼はこんな独り言を言っていた
「僕が一人で逃げようとした事や、その時突き飛ばして頭を打った事、全部忘れてくれてるといいな」
何だか今とんでもないことを聞いた気がする。さっき言っていた話とだいぶ違うが、どうやらそれがセイヤが置き去りになった真相のようだ。
何人もの人に囲まれていて、セイヤの姿は残念ながら見えない。だけど声なら聞こえた。と言って、ほぼマネージャーの声であったが。
「えっ、気絶する少し前から記憶がない?やった!」
どうやらセイヤはマネージャーに突き飛ばされた時の事を覚えていないようだ。それを聞いたマネージャーは、今までで一番の笑顔を見せていた。
「いいんだよ無理に思い出そうとしなくて。そうそう、僕は君を守るため体をはって頑張ったんだよ」
よくもいけしゃあしゃあとそんな嘘が言えたものだ。教えてあげた方がいいだろうかと思っていると、慌てた声が聞こえてきた。
「ちょっと、まだ起き上がらない方がいいよ!」
そんなマネージャーの叫びにすぐさま別の誰かが返した。
「少しくらい平気だろ。それよりも、僕をここまで運んでくれた子にお礼を言いたいんだ」
(この声は!!)
それは甘く穏やかなイケメンボイス、そして茉理が決して聞き間違える事の無い声だった。
囲んでいた人の輪が崩れ、そこから一人こちらに向かって顔を覗かせる。セイヤだ。
その瞬間、茉理とセイヤの目が合った。
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