第41話 浩平の決意 3

「さてと、それじゃ魔法少女の仕事再開といきますか」


 わざとおどけて言ったのは、緊張を和らげるためだ。ホールには相変わらず何体もの魔獣が闊歩していて、あれら全てと戦うかと思うと全身から冷や汗が出てくる。

 そっと魔獣の様子を伺うと、どうやら俺達を探しているようで、それぞれ右に左にキョロキョロと首を振りながら辺りを見回している。


 一方空を見上げると、相変わらず映し出されている立体映像では四天王が早くも勝った気でいた。


「それではアマゾネス打倒と地球侵略の前祝いとしまして、カンパーイ!」


 それぞれがビールの注がれたジョッキをぶつけ合いながら、実に上機嫌だ。そのそばではいつの間にか向こうに引っ込んだシレーとウワンが次々と空になっていくジョッキにひっきりなしに替えのビールを注ぐ。


「あいつら完全にナメきってるな」

「でも、実際浩平くんだけだと勝ち目は薄いニャ。やっぱり茉理ちゃんに残ってもらった方が良かったんじゃないかニャ?」

「いいや、これだけは譲れない」


 正直なところ少なからず恐怖心もある。だがあれだけの大見得を切ったんだ。今更逃げるなんてできない。


「あなた達、アマゾネスはまだやられちゃいないわよ!」


 飛び出した俺は挑発するように叫ぶ。もちろん裏声と女言葉は忘れない。すると魔獣達も当然それに気づき、その全てがこちらに目を向けた。


「これはヤバそうな気配だニャ。浩平くん、もちろん作戦はあるんだニャ?」

「まあ、無いわけじゃ無い」


 そんな言葉を交わした次の瞬間、魔獣達が俺めがけて駆け出してきた。


「浩平くん、ホントに作戦なんてあるのかニャ!茉理ちゃんの前でいいカッコするのに精一杯で、ホントはなにも考えてなかったとかは無しだニャ!」


 信用無いな。まあいい、迫り来る魔獣の群れを前にした俺は、バニラの体を掴むとそこから一目散に逃げ出した。


「まさか作戦って逃げるなんてことじゃ無いかニャ?だとしたらとっても残念だニャ」

「違う。戦略的撤退だ」

「同じことだニャ」

「そうじゃない。あれを見てみろ」


 俺が指差した先には、魔獣の群れが追いかけてきているのが見える。だがその動きはとても統制がとれているとは言い難く、それぞれが最短距離で俺に近づこうとしているため、互いにその巨体を押し退け合っている。おかげでいつもよりその動きは鈍くなっていた。


「いったいどうしたんだニャ?」

「多分あいつらは集団で戦うことを知らないんだ。全員が考えなしにとにかく俺を倒そうとしているから、あんな風に足を引っ張り合う事になる」


 俺だってさっきまでの戦いの中、ただ一方的にやられていたわけじゃない。ちゃんと相手を観察して弱点を探していたんだ。


 これは推測でしかないが、恐らく魔獣はそれぞれ単体で戦う事に特化しすぎているのだろう。四方を囲まれている時ならさすがに対処するのは難しいが、こうして一度距離をとってしまえば、奴等は追いかけてくる途中で勝手に足並みを乱してくれる。

 そうバニラに解説しながら、魔獣の群れにめがけて魔法のステッキを構える。


「ニャハリクニャハリタニャンニャニャニャーン!」


 放たれた魔法が何体もの魔獣を飲み込む密集している分、同時に複数を攻撃できるのが利点だ。


「ああっ、なにやってるんだ魔獣ども!」


 空の上では、これを見たシレーが声をあげる。驚いているのはバニラも同じだ。


「凄いニャ。考えなしに任せろって言ったわけじゃ無かったんだニャ!」

「だから最初からそう言ってただろ」


 そう答えながら、しかし未だ緊張感は少しも拭えないでいる。魔法を浴びた魔獣達を見ると、ある程度ダメージを負ってはいるものの戦闘不能には程遠い。


「ええい、その程度で勝ったと思うな。魔獣よ、お前達の底力見せてやれ!」


 シレーの渇が入り、魔獣達は再び俺に向かって迫ってくる。だが統制がとれていないのは相変わらずだ。再び大きく距離を取り、足並みが乱れたところに再度魔法を打ち込む。


「怯むな、どんどん攻めていけ!」


 そうは言いながらも、シレーの顔には焦りの色が見える。だが俺だって決して余裕があるわけじゃ無い。

 群れをなした魔獣相手にこの戦い方が有効だと言うのは証明された。だがそれでもどこまで通用するのかは分からない。

 今の状況だとこっちが優勢に見えるかもしれないが、実際はかなりギリギリの綱渡りをしている。もし途中でこっちの体力や集中力がつきたらそこで終わりだ。それに―――――


 ちらりと空を見ると、シレーの近くでは四天王が相変わらずグビグビとビールを飲んでいる。慌てているシレーと違って、こちらは依然として余裕のままだ。


「ほう、アマゾネスも頑張るな。これで少しは見ごたえも出てきたか?」

「まあ、魔獣のストックはまだあるからな。どこまでもつか見ものだ」

「もし全部倒したら、その時は我らの出番だな。聞こえてるかアマゾネス、言っとくが四天王の力は魔獣なんかとは比べ物にならないぞー」


 好き勝手言ってくれるが、奴等の言葉を信じるなら事態は相変わらず絶望的なのかもしれない。だが俺だって困難と知りながらこうする事を選んだんだ。今更臆したりはしない。


 そういえば、茉理は今頃どうしてるだろう。魔獣達との戦いを続けながら、セイヤを連れていった茉理の後ろ姿が頭をよぎった。

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