第40話 浩平の決意 2

 以前バニラにも話した、俺達がまだ幼稚園の頃に起きた悪の組織による誘拐事件。あの時みんなを助けたのは茉理だ。だがみんなはそれ以来、悪の怪人達を次々と鮮血に染めていく茉理を恐れ、遠ざけた。

 それ以来茉理は人から恐れられるのを極端に嫌がるようになった。


「あれからだよな、茉理が人前で本気の力を出さなくなったのは。正体がばれるのを嫌がったのも、あの時の事があるからじゃないのか?」


 アマゾネスでいるうちは、恐怖の対象はあくまで茉理でなくアマゾネスと言う架空の存在に向く。だが顔も隠さず戦えば、その矛先は当然茉理へと変わるだろう。そうなるのが嫌で、茉理は正体を隠そうとした。森野茉理のまま、力を発揮するのを恐れた。


 もちろんこれらは全て俺の想像で、茉理本人がそう言っていたわけじゃない。だが今の茉理を見ると、やはりその想像は間違っていなかったんだと確信する。


「へ……平気だよ。今は回りに人いないもの。素顔で戦ったってバレないよ」


 確かにそうかもしれない。だがそう言いながらも茉理の口調は弱々しかった。


「例えバレなかったとしても、お前は平気じゃないだろ」


 素顔を晒して戦えば、森野茉理として戦えば、どうしてもかつてのトラウマを呼び起こしてしまう。魔法少女としての衣装は、そんな恐怖心から心を守るための鎧でもあった。

 それは、かつて茉理が魔獣と戦っていた時は考えもしなかった事だった。けれど魔法少女を止めてから、幼稚園の頃の誘拐事件を思い出してから、今まで事を振り返っていると自然に想像できてしまった。


 これもまた、俺が自分の中で勝手に組み立てた話だ。だがほとんど間違いないと確信していた。

 ずっと近くで見てきた茉理のことだ。真剣に考えれば、これくらいすぐに分かってしまう。


「……どうして浩平には分かっちゃうかな」


 小く呟いた声が届く。やっぱりそうか。


「そうだよ。私は私として戦うのが嫌。またみんなから怖がられると思うと、凄く不安になる」


 核心を疲れてショックだったのか、茉理は小さく震えていた。ここだけ見ると、あの狂暴な魔獣を瞬殺するアマゾネスと同一人物とはとても思えない。だが肉体的な強さも、精神的な弱さも、どちらも持っているのが俺の知っている茉理だった。


「だったら戦わなくていい。魔獣は俺が全部倒す。だから茉理は、安心して避難していればいい」


 戦いたくないのに、無理に戦う必要なんて無い。こんな状態の茉理を戦わせるなんて、例え衣装があったって出来やしない。

 だけど茉理もまた、戦うのは嫌だと認めながら、それでも簡単には折れようとしなかった。


「でも、浩平一人じゃあれだけの魔獣を相手にするなんて無理だよ。やっぱり私も一緒に戦わないと」


 それを言われると辛い。だが俺にも一度言った以上意地と言うものがある。つまらないプライドと言われればそれまでだが、こっちはこっちで簡単に譲れるものじゃなかった。


「茉理、幼稚園バス誘拐事件の後、俺がなんて言ったか覚えているか?」

「なに、突然?」


 いきなり話題を変えられ怪訝な顔をする茉理。この様子だともしかしたら覚えてなんていないかもしれない。だけどそんなのはどうでもよかった。これは俺自身が忘れてさえいなければいいことだ。


「いつか茉理を守れるようになる」


 それを聞いて思い出したのか、茉理はハッとした表情を浮かべた。

 それは二度と茉理に辛い思いをさせたくないという俺の誓いだった。そしてそれを叶えるのが今だ。


「頼む。俺に守らせてくれ」

「浩平……」


 茉理はまだ少し躊躇いがちだったが、反論する事なく小さく俯いた。

 そしてその後、ようやく口を開いた。


「約束して。必ず無事に帰ってくるって」

「―――――任せろ」


 それが困難だと知りつつ、それでも誓いを立てる。元々茉理に辛い思いをさせたくなくて言い出したことだ。俺がやられたりしたらなおさら辛い思いをするだろう。そんなのはごめんだ。


「あ、そうだ」


 話が一段落ついたところで、俺はあることを思い出した。


「この人、近くで倒れていたんだけど、一緒に連れていってくれないか?」


 さっき助けた男性を指して言う。未だ気絶している最中で、早く安全な所に連れて行った方がいい。

 ついでに言うとこうすることで、茉理がこの場を離れられる理由になればと言う打算も少しはあったりする。


「うん、分かった。よいしょっ……と………っ!!!???」


 うつ伏せに倒れている男性を抱え上げる茉理。だがその途中、急に動きが止まった。


「せ…せ…せ………」

「どうした?」


 茉理は声にならない声を上げ、激しく動揺している。何があったのか聞いてみたが、まるで俺の言葉なんて耳に入っていないようだ。

 さらに不思議に思い顔を近づけたところ、すぐさま絶叫が響いた。


「セイヤ様!」

「はっ?」


 唐突に出てきた名前にキョトンとする。

 セイヤ。茉理が一目でファンになったアイドルで、ここで行われるはずたったコンサートの主役だ。だがどうして今その名前が出てくるのか?

 だがそんな疑問は、茉理が抱えている男性の顔を見たとたん、すぐに吹き飛んでしまった。


「……セイヤ?」

「あっ、やっぱりそうだったんだニャ。この人セイヤだニャ」


 どうやらバニラは事前に気づいていたようだ。茉理が抱えているこの男こそ、彼女の憧れているセイヤだった。


「はうっ!」


 突然妙な声を上げたかと思うと、茉理の体が大きく揺れて倒れそうになり、慌ててそれを支える。


「大丈夫か?」

「う…うん。セイヤ様のオーラに当てられただけだから」


 どうやらあまり大丈夫じゃなさそうだ。


「で……で……でも、どうしてセイヤ様が、こ……こんなところに。夢でも見てるの?それとも私の妄想が実体化したの?ああ、そんなことより私今セイヤ様に触れてる、恐れ多い、でも地面に寝かせるなんてできない。いったいどうすれば……」

「落ち着け」


 ダメだこりゃ。少し前までの不安そうな雰囲気はどこへやら、完全に舞い上がっている。


 セイヤがなぜこんなところにいるのか、その詳細は俺にも分からない。彼が逃げ遅れたあげく気絶してしまったと言うのは状況から理解できるが、よりによってこの人が取り残される事は無いだろう。

 だがこれはある意味考えようによっては好都合だった。


「茉理、早くセイヤを安全なところに避難させるんだ」

「セイヤ様を、私が?」

「そうだ。セイヤを守るんだ。これはお前にしかできないことなんだぞ」


 セイヤを守ためなら、茉理は一切の罪悪感を抱く事なくこの場を離れていくだろう。


「セイヤ様ヲ守ル……私ニシカデキナイ……」


 茉理はセイヤを抱えたままスッと立ち上がると、なぜかカタコトで呟いた。

 そして壊れた人形のように繰り返す。


「セイヤ様……セイヤ様……セイヤ様……セイヤ様……」

「お……おい茉理、大丈夫か?」


 絶対大丈夫じゃないな。怖いんだけど。

 そんなことを思いながらドン引きしていたが、それもほんの少しの間だった。

 どこを向いているかさえ分からなかった茉理の目に、みるみるうちに力が込もっていくのがわった。そして勢いよく言い放つ。


「私、セイヤ様を助ける!安全な場所までお連れする!」


 力強いその言葉には、一切の迷いや躊躇いは感じられなかった。


「じゃあここは俺に任せて、茉理は早く行ってくれ」

「うん、浩平も気を付けてね」


 ああ、行ってくれるか茉理よ。もし最初からセイヤを出していれば、長々とした説得の必要もなく茉理はすぐに退散してくれただろうな。そう思うと少し、いやかなり複雑だ。


「セイヤ様、すぐに安全な場所にお連れしますからね」


 茉理はそう言うと、セイヤを抱えたまま凄い勢いで駆け出して行った。人前で本気の力は出したくないと言う思いは未だ健在なのか、瞬間移動のようなスピードではなかった。だが茉理よ、それでも普通の女の子は大の男を抱えたままそんな速度では走れないと思うぞ。

 とにかくこれで茉理は退散し、その場には俺とバニラが残った。

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